血を吸う妖刀
何が起きたのか。
あまりにも早くて何が起きたのか目で捕らえた者はいなかったが、朔夜の持つ刀が血を滴らせていた。
その刀は光を映して怪しく光る。
「お前……田安を!」
斬られた男に駆け寄った男たちが、目に怒りをためて朔夜を睨み付けた。 その視線を黙って見返す朔夜の余りにも強い瞳に瞬時怯んだが、その反動で男たちが朔夜に抜刀しながら飛びかかった。
シュン、シュンと男たちの刀が空を切り唸りを上げるのと同時に、朔夜が膝を沈めると手にした刀が煌めく。
どのような軌跡を描いたのか、飛びかかった男三人が呻き声も上げずに同時に倒れた。
「なんだ!?」
ゆっくりと立ち上がった朔夜は息も乱していない。ただ刃が血を滴らせながら、餓えた獣の牙のようにギラリと光った。それが不気味に見えて、二人を囲んでいた家臣たちがじりりと後ずさる。
空を切り血振りをすると、廊下に紅が散る。
高時はちらりと散った紅を冷ややかに見下ろして、僅かも揺るぎなく告げる。
「だから申し上げたはずだ。一人で乗り込むからには相応の事をしていると。これなる刀は我が駿河に伝わる妖刀。一度血を吸うと、生ける者全て死に絶えるまで収まりませぬぞ。このままでは城内皆殺しになってしまいましょうぞ。今すぐ道を開けて通されよ。これ以上の殺戮の行われる前に」
殺気を失い呆然と佇む家臣団を軽く押しのけて高時が歩き出す。
何一つ怯えも恐れも寄せ付けぬ背中に、若い獣のような家臣一人だけを連れて歩き出す。たった一人しか従えていないのに、数百、数千の人を従わせる姿が見える。
強い指導者の姿だ。
あまりにもの威圧感に二人を見送ってしまった光虎は、その場に膝をついて崩れ落ちた。姿の消えた廊下の先を睨みながら呟く。
「……恐ろしい男だ……。あれは――」
あれは龍の子なんかじゃない。あれこそ本物の龍だ。倒さねば危険な、全てを奪う龍だ。
拳が震えているの怒りなのか。それとも――
ゆるゆると呆けた表情で首を横に振り続けるさまを、家臣の男が痛ましそうに見つめていたことなど、光虎は気がつきもしないでいた。