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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
攻める龍
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その和議


 通された部屋では戦装束いくさしょうぞく光虎みつとらが上座に座って待ち受けていた。

 朔夜の帯刀はさすがに咎められたが、これだけは譲れないと強引に持ち込んだが、それを見ても光虎は顔色一つ変えなかった。胆の座った男だ。


 高時は座っても頭を下げることもしなかった。


「そなたが龍堂高時殿か。あの駿河の龍の三男坊だな」

「左様にございます」

 互いに一刻も視線を外すことなく、腹の底まで見通そうとするような視線を交わす。

「わしに和議を申し入れにきたとか。何故お手前自らが来られた」

「この和議の重さを鑑みれば、自ら赴くのが礼儀だと思いましたので」

「重さ? お手前はどのような和議をこの光虎に持って来られた」


「はい。篠田光虎。あなた様の首を差し出していただきとうございます」


「なんじゃと!」

 さすがに光虎も驚いて腰を浮かせる。周囲に居並ぶ家臣がざわめく。

 だが高時は一つも揺るがず、むしろ淡々と告げる。

「領内の主な勢力はすでに我々が押さえております。後はこの三滝城みたきじょうを攻めるのみ。援軍は見込まれませぬ。いかがでしょう。光虎公の首一つで無駄な血は流れませぬ。これほど有意義な和議はないかと思われませぬか」

「なんっと言う……無礼な! そのようなもの和議ではない! 降伏せよと言うておるのか! このたわけが!」

 拳を震わせて光虎が怒鳴り声を上げた。高時ごとき若造からの分を過ぎた言葉に、屈辱の感情が込み上げる。光虎の大声に家臣が萎縮する。


 だが、高時は怯まない。毅然として光虎を睨み上げる。

「先に我が領地を侵略したのはそちらだ! 我らは篠田の一兵たりとも残さず叩き潰すも厭わぬ気で出陣している! 我ら駿河の誇りを踏みにじった事を後悔させようとここまで参った!」

 高時の放つ大音声に、光虎も家臣も全員が目を見開いて聞いている。誰も途中で口を挟むことすら出来ずに、ただ圧倒されて聞いている。

「だが、駿河を攻めたのは誰だ。そう指示したのは誰だ。兵は上に従ったのだ。それを殺していかな復讐か。討ち取るべきは……光虎公、あなた一人だ!」

 手にしていた扇で真っ直ぐに光虎を指し示す。


 放つ威圧感が猛者の光虎を完全に凌駕している。

 圧倒的な存在感を放つ若者に、誰も口が効けないでいた。その家臣団の方へ片膝を立てた高時が向き直って良く通る声で告げた。


「良いか、我らはそなたらに復讐しとうて攻めてきてはおらぬ。だが誇りを守るに躊躇ちゅうちょはせぬ。ぬしらも武将であらばこのことわり、お分かりいただけるであろう。よくよくお考え召されよ。我らは今、駿河の誇りを守るため並々ならぬ思いを抱いて布陣しておりますれば、容易たやすく退くと思われるな」

 一人ずつに強い視線を振りまいて、睥睨へいげいして凛と告げる。

「戦うと申されるのであらば、この龍堂高時。誇りと命の全てを賭けて、お相手つかまつりましょうぞ!」


 光虎に向き直ると、今度はきっちりと手をついて深々と頭を下げる。

「我が申し入れは以上でござりますれば、本日はこれにて失礼つかまつります。突然のことながら、お目通りくださり感謝しております」

 一転して光虎を敬う態度に出る。それが逆に光虎を逆上させた。怒りで顔を真っ赤に染めて、歯をむき出して吠える。

「小僧! このわしを愚弄ぐろうしに来たのか! 首の繋がったままで帰れると思うなよ!」

 一気に不穏な空気が満ちる。

 今にも席を蹴飛ばして自ら高時を斬り捨てんばかりの光虎である。それを嘲るように目を眇めて見ながら、高時はうっすらと口元を歪めて笑みを浮かべた。


「お止めになったほうがいい」

 言いながら立ち上がり、光虎に背を向ける。朔夜も一緒に立ち上がると高時の隣にピタリと寄り添う。

 それから肩越しに光虎を見てもう一度笑みを見せた。


「一人で乗り込むだけの覚悟もしているが、殺されぬよう対処も考えて来ておりますれば、迂闊うかつに手を掛けられぬが上策ですぞ」

「なんの、そのようなはったりを申すか! この若造が!」

「はったりではございません。お試しになりたいですか? 光虎公」

 不敵に笑う。

 威圧的に見下ろされて光虎は心胆が冷えるのを感じた。不覚にも顔が強ばる。

 大きな存在感を放ちながら、家臣団の間を抜けて部屋を後にする高時が、最後にもう一度振り返り大音声を放った。

「我が身の為ではなく国の為に如何するが最善かをよくお考え召されよ! この高時、甲斐の国に憎しみは持っておらぬ! それをしかとお忘れ召されるな」

 聞き惚れているような家臣に向かって背を向けると、もう振り返ることなく廊下を進む。


「ば、馬鹿者! 誰ぞ、誰ぞあの者を斬れ! 城から生きて出すなあああ!」

 背後で光虎が喚く。その声に我に返ったのか、わらわらと家臣が慌てて走り出て来て、高時を挟み込むように居並び、抜刀して構える。

「止めたほうがいいと言うたのを聞いておられなんだか」

 落ち着いている高時に、誰もが威圧されて動けないでいた。そこへ更に光虎の声が追い打ちを掛ける。

「斬れ、斬れ! 構わぬ! 早う斬らぬか!」

 騒ぎ立てる声に、一人の男が意を決したように飛びかかってきた。刹那、男は倒れていた。


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