緊迫と柔らかな光
日が昇る。
朝焼けが舐めるように陣を染め上げていく。やがて真っ白な光となり眩しい一日が動き始める。目覚めた鳥が鳴きながら餌を求めて飛ぶ。
穏やかな春。
「必ずやご無事で」
馬上の高時を見送る将は皆、不安を隠しきれない顔で見上げている。今からでも止めると言って欲しい。そんな思いで見上げている。
隣に並ぶ朔夜はそんな事には関心ないと言わんばかりに涼しげな顔だ。それを憎々しげに思う者も少なくない。
「姶良殿、必ず高時様を守るのだぞ。おぬしだけが生きて戻るような無様な事のないように」
きつく睨み付けながら野間春義が釘を刺す。
馬上から返事の代わりに強い眼差しを返した朔夜の、その獰猛なほどに強い光に一瞬、春義が息を飲んだ。
ご無事での大合唱に見送られて二人は出立した。
馬を並べて歩く。
これからたった二人で大戦に向かうというのに、春の心地よい風に吹かれて、まるで散歩にでも出かけているような緊張感のなさだ。
「兄上が見あたらなかったな」
何気なく問いかけた高時に、昨夜は顔も向けずに答える。
「気にすることはない。思うところがあるんだろう」
「思うところ? 兄上と何か話したのか?」
「……少し、な」
そっと瞳を伏せた朔夜の睫毛が影を作る。高時はその時に不意に思い出した。
昨晩、朔夜が破れた着物を着替えていたのを、なぜかその時に思い出した。
関わりの有無に根拠などない。だが直感だった。則之が朔夜を見ていた視線が脳裏をよぎる。あの着物を引き裂いたのは、きっと――
「兄上と何かあったのか?」
問いかけようとしたが、どうしても言い出せない。
なぜ言い出せないか自分でも分からないが、喉が水分を失ったように張り付いている。見つめる先の朔夜が一つ瞬きをして、高時の方へ顔を向けた。
「それより、お前は大丈夫なのか? 守るにも限界がある。俺から離れるなよ」
並んだ馬上にある朔夜の瞳が光を映して茶色く透ける。
変わりない声を聞いて高時は大きく息を吐いた。今、息さえも止めていたようだ。
「おまえが……守ってくれるのだろう? 皆殺しにしてでも」
「ああでも言わなければ、あのお堅い連中が納得しないだろう。そこまで過信するなよ」
緊張の欠片もなく、二人は馬を進めた。
**
籠城する城門に近づく怪しい人影に城内は、すわ敵襲かと身構えた。だがたった二人だけだと判明すると、一転して居丈高に誰何してきた。
「城主・篠田光虎公に和議の申し入れに参った。我が名は龍堂高時。お目通り願う!」
高時の大音声が堂々と響く。名を聞いた途端に兵は顔色を変えた。
「まさか!」
敵将の大将は則之と高時だ。その大将がなんの前触れもなく単身自ら敵陣に来るなど有り得ぬ話である。
それを伝え聞いた城内は騒然となった。
甲斐一国を治める主である。
さすがに篠田光虎は動揺することなく面会を許した。
心中では、いつでも殺してやろうとでも考えていたのであろうが。
二人は許されて敵の城内へと歩を進めた。
春の日差しは、緊迫した空気などを意に介せずにのどかに降り注いでいた。