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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
攻める龍
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思わぬ言葉


「ま、まさか、高時様ご自身が和議の使者として行かれるつもりでは!」

「ああ、そのつもりだ」


 愕然とする家臣たちに目もくれず、朔夜と高時は見つめ合っている。そこへ則之の声が割って入る。


「そのようなバカなことがあるか! 和議の使者は殺される可能性が高い。のこのこと敵の大将が乗り込むなんて、常識外れもほどほどにしろ!」

「大将は、兄上にお預けします」

 則之を振り返った高時がニヤリと笑う。傲岸不遜ごうがんふそんの瞳で見下ろすように笑った。

 その刹那、則之は敗北したと悟った。


 この弟は、違うと。


 自分と器が違うとはっきりと悟った。


 前に出る事を恐れず、人を従わせる事を自然とし、群れを率いる強い力を持つ。

 光は高時にだけ当たっている。誰よりも強い光が高時だけを照らし続けている。

 自分はこの光の隣でずっと影を作っていく存在でしかないのか。


 深い敗北感が胸を占めていた。


 家臣は皆、高時を行かせまいと口角に泡を飛ばすが、高時は頑として聞く耳を持たない。そのうち朔夜に矛先が向き始める。

「おぬしがかようなバカげた事を言い出したのだ! 要らぬ事を!」

「戦のイロハも知らぬ子供が差し出がましい口を叩くからじゃ!」

「責任を持って高時様をお止めしろ!」

 口々に攻め立てる声を、朔夜は眼差し一つ揺らさずに聞いていた。そしておもむろに口を開いた。


久能城くのうじょう家臣筆頭安田殿」

「なんだ?」

 突然名指しされた安田勝善やすだしょうぜんは眉根を寄せて朔夜を睨みつける。そんな威嚇いかくを意にも介さない涼しい顔で問いかける。

「久能城に高時が直接乗り込んできた時、どう思った」

「どう、とは?」

「高時の言葉を聞いて心動かされなかったか? この姿を見て圧倒されなかったか?」

「そ、それは……」

 うろたえたように、視線を泳がせる。

「この男には人を動かす力がある。それは他の誰かが伝えられるようなものではない。直接この男の言葉を聞いて、姿を見た者は魂を揺す振られる。だからこの和議の成否は、高時が直接行くか、行かないかに全てかかる。俺はそう思う」

 安田は黙りこんでしまった。

 あの日、久能城に現れた高時の姿と、そこから熱くほとばしる言葉に、正直惹き込まれた。あれが他の使者ならば今でも久能城の面々はここにいないだろう。


「それは詭弁きべんだ! いかような事があろうとも大将を失うわけにはいかない! これは戦の基本中の基本だ! 大将を失った時点でその戦は終わってしまうのじゃ!」

 野間春義が声を荒げて朔夜と安田の話に割って入る。が、朔夜は平然としたままで春義を一瞥する。

「さっき大将は預けると言っていただろう」

「だが! それは暫定的なことで、本来ならば――!」


 言いかけて、則之の前であった事を思い出した義春は慌てて口をつぐんだ。 則之は瞬時眉を跳ね上げたが、何も言わずに経緯を見守っている。

「それに、俺は高時を殺させはしない。必ず守る。俺と、この妖刀霧雨が」

「妖刀! あれが、霧雨!?」

 朔夜が妖刀の使い手だと知らぬ久能城の家臣が目を剥いて朔夜の手にある刀を見た。

 古びたこしらえに黒光りする柄。鞘にあっても禍々しく思える。

「城兵全て斬り殺してでも高時は守る」

「おぬし一人で守れるはずがない!」

「見くびるな。霧雨は際限なく血を欲する。俺が死んでも生ける者全てを斬り殺すまで動き続ける。高時は必ず守る」

 ゴクリと皆が唾を飲み込む。近寄るのもおぞましく感じて、僅かに皆が身じろぎする。その時、


「よし! ここまでだ!」

 高時の声が響いて、皆が振り返る。


「俺は明朝和議に向かう。戻るまで全ての権限は兄上一人にお任せする。皆、そのつもりで。いいか、俺が道を拓いてきてやる。だがすぐに出陣できるよう準備だけはしておけ。どのみち一旦は戦わねばならぬだろうからな」

 床几しょうぎから立ち上がると、朔夜を引き連れてすぐに陣幕を後にした。


(……あの子供)

 則之はいつまでも朔夜の立っていた場所を睨み続けた。


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