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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
攻める龍
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光射す者


 駿河本城での作戦会議ではほぼ高時と野間が中心となり作戦を立てた。

則之のりゆきにも時折意見を求めるが、さすがに既に戦闘を数日前より想定していた高時側に優る意見は何一つ出ることはなかったし、また思った以上に高時は貪欲に様々な意見を取り入れ、不安要素は指摘し、そして瞬時に指示を飛ばす。初めて顔を付き合わせた久能城の家臣も、小椋山城の家臣も、すっかり高時に全てを委ねて指示を仰いでいた。


 それこそ本当に高時一人に光が差し込んでいるかのようだった。

見えない強い力でグイグイと群れを引いていく。その強さに老練した家臣も知らず引っ張られていた。


「では睨み合っている黒田隊には繁則しげのりが援護を。挟み撃ちの為に城の方から攻めるのは不破島城の城兵と我らで。甲府からの援軍に対するのは則之兄にお願いする。援軍は規模がいまだ分からぬので、本田殿にも隊を引き連れて出て貰う。以上でよろしいか」

 一斉に平伏する。

繁則などはうっとりとして高時を見上げていたが、則之は厳しい眼差しでじっと床板を睨んでいた。その胸中は複雑に揺れていた。


自分を支えるべき家臣がすっかり弟の言いなりである。この中で誰か一人指導者を決めるのであれば、誰もが高時を選ぶであろう。

父親が、何故兄弟で相争わせる道を選んだのか、この自分を跡継ぎに指名しなかったのか、その理由が分かった。はっきりと分かってしまった。自分が持ち得ないものをこの弟は持っているのだ。


 誰よりも強く輝く光。


 目を逸らしていても押しつぶしてくるような強い光。それを今突きつけられている。

 苦々しいものが込み上げてくるのを、静かに飲み下してゆっくりと頭を下げた。


「……それで結構だ」



 翌日の朝には各隊はそれぞれの持ち場に移動し戦闘準備に入っていた。


 不破島城の背後に回り込んでいる高時の傍らには朔夜がいる。こちらが突撃を開始すると同時に黒田隊が動いて挟撃する手筈となっている。


 対する篠田の軍勢は二千。

 こちらは両方合わせて八千。


 圧倒的な数で万に一つも負ける戦ではない。だが高時はこのまま甲府へと攻め込む心積もりをしている。だからこそ総出で兵を侵攻しているのであった。


「朔夜、緊張していないか? 俺は初陣ういじんの時よりも緊張しているぞ。あの時は側に親父様がいて全ての責は親父様にあったのだ。だが今は全てが俺の肩に掛かる。多くの人を殺すだろう。多くの人が殺されるだろう。その重みの全てが俺の責任だ。俺の取った策は間違いではないか、配置に不備はないか、更なる良い手だてはないのかといくら考え尽くしても不安は取り除けない」

 緊張しているのだろう、やたら饒舌じょうぜつに話しかけてくる。握る拳には力が籠もりすぎて僅かに震えている。それを見つめながら黙って聞いていた朔夜が小さく呟く。

「お前は臆病者だな」

「な、なに!」

「だがそれは上に立つ者として大切な資質だと思う。自分が間違っていないか、自分のせいで命が失われてしまう、そう怯える気持ちを失ってしまえば単なる独裁者に成り下がってしまう。誰も付いては来ない。いくさで失われる命は敵味方合わせれば膨大な数になるだろう。その重さをお前はちゃんと考えて、そしてそれに怯えている。とても大事な事だ。

心配するな俺がお前の重荷を一緒に背負う。数多の命を奪うのは俺も同じだ。だからお前はこれから起きること、歩く道の責任逃れをするな、目を逸らすな、絶対に。そしていつでも臆病でいろ」


 強い瞳に射すくめられた高時は身じろぎもぜずにただ見つめ返す。

 陽射しを浴びて獰猛な獣の瞳は薄茶色に煌めく。孤高の獣が自分の行くべき道を示してくれる。


(ああこの瞳、なんて強くて……そして美しい)

 寺の学問所できつく睨み上げてきた時に感じた気持ちが甦る。


 どんなに汚く貧相な身なりであってもその目の中にある輝きに一瞬で囚われた自分。最初にすれ違った時には野生的で野蛮な瞳に怯えたが、次に見た瞬間にはもう落ちていた。

 それが獲物を喰らうための敵の罠だとしても甘んじて落ちていた。人の真贋を見極めるような、己の心の内に問いかけてくるような強い瞳の罠に落ちていたのだ。

 朔夜の瞳に頷き返すともう迷いは無くなった。



「さあ、いざ出陣――!」



 高時の大音声が響き渡った。


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