質
帰城した二人に客が待ち受けていた。
「高時様、先程からお待ちになっておられます」
友三郎に急かされて、高時はすぐに朔夜を引き連れて部屋へと向かう。その客は弟繁則からの使いであった。
「おお、おぬしであったか」
彼は繁則の小姓として仕えていて、高時に刃を向けた張本人であった。
「はい。昨日は大変失礼な事を致しました。僭越ながら高時様の人となりを拝見させていただき、感服した次第にございます。わたくし、丹羽小次郎はこのたび高時様にお仕えするようにと仰せつかって参りました。どうか可愛がって下さいませ」
つまり和議の証しとしての人質。
普通は子や妻などを差し出すが、繁則はまだ妻を迎えてはいない。それで側近、もしかしたら愛妾としていたこの小次郎を寄越したのだろう。
高時は眉間に皺を寄せて不快さを顕わにする。
「俺は質など欲しくはない。そんなもの無くとも繁則を疑わぬ。お引き取り願おう」
「いえ、どうかそれだけはご容赦を。実を申し上げると、わたくしは高時様の人となりに惹かれましてございます。それ故、繁則様にお願いして無理矢理にこちらへ参りました。それを追い返されたとなりましたらば、わたくしは恥さらし者。どうしても帰れと仰せならば、この場にて即腹を切ることをお許し願いたい」
愛らしい外見に似合わず、男らしい潔さ。クリクリの瞳で真摯に見つめる。幼げな姿に高時がふっと笑みを零した。
「そなたは質ではないのだな。俺に仕えたいと申すならば断りはせぬ。繁則の側近であったのであれば邪険にはせぬ。この友三郎や朔夜と共にわが側近として勤められよ」
「ははっ、有難き幸せ。この丹羽小次郎、身命を賭して高時様にお仕えさせていただきます」
大仰なほど感激をしている姿を、朔夜は冷たく鋭い目で睨み付けていた。
高時が部屋に引き上げてから、すぐ朔夜に近寄ってきた小次郎はにっこりと無邪気な笑みを浮かべた。
「姶良殿、これから同輩として宜しくお願いいたしまする。ときにあちらの日置殿も高時様の伽をされているのですか?」
「伽だと?」
「はい。私は繁則様の伽を致しておりました。これからは高時様にも可愛がっていただきたいので口添えをお願いしたいのですが」
「バカバカしい。俺もあいつも伽などしていない。どうしても閨に呼んで欲しいなら自分でどうにかしろ。それよりもお前は……」
「何でしょう?」
きょとんと小首を傾げて無心の瞳で見てくる小次郎を、しばし目をすがめて見つめていたが、やがて「まあいい」と呟いて背中を向けた。
「姶良殿、また妖刀を見せていただきたい」
「断る」
言い捨てるや振り返りもせずその場を後にした。