鎖の言葉
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「まったくお前の奇襲には手を焼く」
馬を並べて歩く朔夜が諦めのため息をつく。
手勢も連れずに反目する敵陣へと一人で乗り込むのだから、供をする朔夜は一瞬たりとも気が抜けない。いくら朔夜が敏捷で妖刀を携えているとはいえども、あれだけの家臣に囲まれあの距離では万が一には何の役にも立たない。
「俺は、人と人は顔付き合わせて腹を割って話し合えば分かり合えぬ事などないと信じている。隠し事も疚しさも全て怖がらずに晒し合えば必ず理解し合えるはずだ。人は信じるに値する生き物だ」
「幸せな奴だな、お前。反吐が出るほどな」
「不服そうだな、朔夜はそうは思わぬのか?」
「思わないね。人は醜くて狡くて欺く。それ以上でもそれ以下でもない。腹の底に考えていることなど、決して誰とも分かり合えることなどない、永劫に」
淡々と何の感情も交えず紡がれた言葉が、それが朔夜の本心からの言葉だと知らされる。絶望や悲しみ諦め、そんな感情ももう抱かぬほど、事実としてその言葉を紡ぐ。
「俺は……お前の希望にはなれないか? 俺と分かり合えるようになれないか?」
「……さあ、無理じゃないのか」
「けれど俺は知っている。お前の言葉には嘘も虚飾もない。お前をもっと知りたいんだ朔夜」
真っ直ぐに向かってくる真摯な言葉。朔夜は静かに瞳を閉じる。
初めて寺で高時と出会った瞬間に感じた、どうしようもない強い引力のような光。それはいまでも変わらない。
朔夜の中にある何かを強く惹きつけるこの力がなんなのか未だに分からない。それを知りたくて側にいたいとも思うし、知ることが恐くて離れていたいとも思う。
自分の醜いところまで踏み込まれてしまいそうで恐い。醜い過去まで――
「……お前とは分かり合いたくないな」
無情な朔夜の言葉に、高時は困ったようにため息をついた。
「それでも俺は諦めない。いつかお前を理解できるようになりたい。だから俺の側にいてくれ」
胸に突き刺さる言葉。鎖に繋がれてしまいそうで、恐い。この者は危険だ。朔夜の本能が警鐘を鳴らす。
思い返すもおぞましい過去に踏み込まれる。逃れられなくなりそうだ。
緩慢に首を振って、深い思考から浮上する。
春の鳥がどこかでさえずる。まだ上手く鳴けぬ鳥の声が、雄大な富士の峰を背景にした春浅い野の道に高く響いた。