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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
攻める龍
36/67

平伏


 背後から近づく足音に二人は足を止める。


「お待ち下さりませ高時様」


 振り返ると先程繁則の側で彼の体を支えていた小姓が控えていた。朔夜より一つ二つ年上であろうか、まだ少年と呼ぶに相応しい愛らしい顔をしているが、眼差しは迷い無く高時を見上げている。柔らかそうな手が刀の柄にかかる。


「それが繁則の答えか?」

 問いかける高時にするりと引き抜いた刃を向ける。

「いえ、わたくしの一存にて」

 柔らかそうな癖のある髪に色白のおなごのような愛らしい顔。だがそれに似合わぬ胆力の持ち主のようである。

 こちらへと向ける刃に僅かの躊躇も恐れもない。堂々と対峙する彼に、高時の後ろに控えていた朔夜がおもむろに抜きはなった霧雨を鼻先へと突きつけた。


「この人に手を出すな」

「あなたがわたしを斬るのと私が高時様へ刃を突き立てるのと、どちらが早いとお思いですか?」

「この刀が妖刀と知っているか?」

 朔夜の感情の籠もらないその一言に、小姓は驚いた顔で突きつけられた刃を見た。

「こ、これが……まさかあの妖刀霧雨?」

「とくと間近で見るんだな」

 呆然と魅入られたように刀を見つめる小姓とは裏腹に、朔夜は眉根を寄せて苦い表情をした。


(餓えるな、霧雨……)

 霧雨が目の前の血を欲している。そのざわめきが朔夜にも感染してくる。


 色の白い彼の首筋に輝く軌跡が見えるのだ。それをなぞりたくて押さえられぬ衝動が湧き上がる。

 それは興奮と歓喜と飢餓と、それら全てがない交ぜになって朔夜の感情の奥深くに眠る欲望を掻き立てる。一瞬でも意識を手放せば、すぐに快楽に向けて思うさま刃を振るってしまいそうになる。そうしたくて肌が泡立つ。


 気力を振り絞り光る刃を鞘へしまうと、大きく息を吐いた。

「ではこれにて」

 朔夜が吐き捨てるように告げると、高時はもう何の興味もないとばかりに一顧にもせず、馬に飛び乗るや朔夜を連れてすぐさま城門から出て行ってしまった。


**

 

 翌朝、弟繁則からの書状を読み終えた高時は主立った家臣を広間に集め、ずらりと居並ぶ面々にこう告げた。


「昨晩、小椋山城が我が方へとつく事に決まった」

 おお、と座がどよめく。これで一気に兵力は倍増。いますぐいくさを仕掛けても勝利は間違いないであろう。黒田隊の動きからすれば明日明後日には不破島城の面々もこちらへ到着するだろう。

 朗報に皆の顔がほころぶ。だが高時の表情は未だ愁眉をひらいてはいない。


「皆、聞いてくれ。これは前にも言っておいたが、元々は同じ駿河の国の人間だ。出来るだけ戦わずにこの内乱を収めたい。繁則方がこちらについた今、圧倒的に我らが有利になった。だからこそ和議を進めたいと思う」

「和議と申されても、則之様が心底納得なさるとは思えませぬ。あちらは高時様より年上であられるのを理由に、正当な嫡子であると主張されております。和議で追従されたとしても、高時様に従うとは思えませぬ。ここはいくさにて優劣をはっきりと示されるが上策ではないかと」

 野間春義のまはるよしの申し出に、数名の家臣が賛成の声を上げる。

「どうしても和議をと申されるのであれば、その際には則之様の首を所望すれば良いのではないでしょうか」

 堀道里ほりみちさとが挑むような目で高時を見つめながら奏上する。


 兄弟で相争ってしまった以上、その禍根は深く簡単には絶えることがないのだ、情に流されるのは危険であるとその目が訴えている。だが高時は堀のえぐるるような視線を鋭く見返ししばし睨み合った後、不意に笑んだ。

 虚を突かれた堀が眉をよせる。


「俺は和議に使者など立てぬ。己で出向き己の言葉で話し己の目で確かめる。和議ならずとなるならば遠慮なく叩かせてもらう。だが戦わぬ道が一筋でもあるならば俺はその道を歩く。泥のぬかるみだろうが、険阻な山道だろうが、そこを行かずして悔いを残すならば、行って後悔した方がいい。兄上の首など欲しくはない。そんなもので安堵せねばならぬ程俺が弱いと思っているのか、堀道里!」

 大声で名を呼びつけられた堀は思わず平伏する。


 十七歳の年若い主君だと侮れぬ存在感で高時は圧迫してくる。

 居並ぶ家臣は恐れた。

 群れを惹きつけて統率する生まれながらの天賦の才に、すでに惹き込まれている自分に恐れた。

 

 平伏したままで、己の主君たる年若い青年を胸の奥底で誇りに思う気持ちがフツフツと湧いてくるのを抑えきれずにいた。

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