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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
攻める龍
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小椋山城


繁則しげのり様あああ! 満願寺城の高時様がお見えにございます!」

「何! 兄上が? 軍を引き連れてか!」

「いえ、それが供一人だけで……」

 と言いかけた時、廊下から悲鳴のような怒号のような騒ぎがこちらに向かってきた。


「お止まりくだされ高時様! 気でも違われたのですか!」

「なりませぬ! なりませぬ!」

 そんな家臣の声に、繁則は兄が乗り込んできた事を悟り、ガタガタと震える。

「繁則様、早うあちらへお逃げ下され」

 と家臣に促されるままに立ち上がったところへ、高時が大勢の家臣を振り切って部屋へと入ってきた。


「おう、繁則」

「あ、兄上様……」

「どこへ行く。俺と少し話そう。座れ」


 高時の放つ強い存在感に圧倒されたのか、くずおれるようにその場にぺたりと腰を落としてしまった繁則を小姓の少年が脇から支えた。

 真向かいに高時が腰を下ろすと朔夜は控えるように少し離れた下座へと座る。駆け込んできた大勢の家臣たちもその様子を見てバラバラと座って二人の成り行きを見守る。 


 鳩が豆鉄砲を喰らったような呆然とした顔で固まっている弟に向けて高時は何の前置きも無く言い放った。

「単刀直入に言う。俺につくか則之兄につくかを今すぐに決めろ」

 その言葉に周囲からざわっとどよめきが上がる。そんな雑音に気にすることもなく続ける。

「俺につかぬと言うならそれでもいい。別にこの場でお前をどうこうしようなどとは思ってもいない。だが兄上につき俺に刃向かってきた時には容赦なく叩かせてもらう」


 ガタガタとまた震え出す繁則の背を小姓がゆっくりとさする。その目は宙を泳いで家臣に助けを求めているようだ。家臣の筆頭であろう男が声を上げた。

「恐れながら高時様。あなたにつけば則之様に刃向かうこととなります。則之様は順当に行けば嫡男となられるお方。高時様が反逆者ではありませぬか?」

「ほう、おぬしらはそう思うておったのか」

 鋭い眼差しでちらりとその家臣を見遣り、嘲笑ちょうしょうを浮かべる。

「ではそう思うておるのに何故今まで兄上につかなんだ。ん? 勝った方にでもつこうと思うておったのではないのか?」

 すぐに繁則へと瞳を戻すと、ひっと小さく息を飲む音が聞こえた。


「繁則、お前の気持ちも分かる。兄弟で無駄な争いなど馬鹿げている、避けられるなら避けたいだろう。だがこの時代に日和見はやめろ。そんなヤワな気でいては結局誰にも信用されずに苦しむのは己だ。そして自分を信用して付いてきてくれる家臣を苦しめるぞ。男なら是も否も己の中で決着をつけて踏み出さねばならぬ時機ときがある。それを逃すな」

 それから家臣の方へと向き直ると見下ろすような眼差しのまま良く通る大音声を響かせた。


国境くにざかい不破島ふわじま城が篠田しのだ軍に攻められた」


 その一言に皆の息が一瞬止まる。


「すぐに会議を開き進退を決められよ。俺は引き上げる。どちらにつこうが構わぬ。それはおぬしらが決めることだ。だがもう一刻の猶予もないことだけを忘れるな。いかにしてこの駿河の国を守りぬけるかをとくと考えられよ!」


 では繁則さらばだ、と告げるや来たとき同様に唐突に立ち上がるや踵を返して部屋を後にしてしまう。

 部屋に取り残された皆は、呆然として誰も口をきく者はいない。高時の放つ圧倒的な見えない力に痺れてしまっていた。


「……なんと恐ろしい人だ……」


 先程、高時に向かって意見した筆頭家臣の正田綱幸しょうだつなゆきは、未だ手が震えていた。


(あんな恐い思いは時則様と対峙している時のようだった。否、それ以上だ。あの強さ、群れを率いる頭抜けた統率力。真っ直ぐな偽りのない言葉。どんな者でさえ魅了し平伏させてしまうような存在感。なんて、なんて恐ろしい人なんだ。到底抗えぬ!)

 姿勢を正すとまだ呆然としている繁則に向かい頭を下げた。


「……繁則様、ご決断を」


 そう促して再度深々と頭を下げた。



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