祝宴の陰で
北へ逃げては弓に追われた者と、正面からの大軍に追われた者が南へと逃げたが高時軍は深追いはしなかった。
初戦は完全に勝ち戦となった。
満願寺城では、凱旋した兵を労うための祝勝の宴が催されていた。
高時も上機嫌でいつになく酒がすすむ。
「いや、此度のいくさは見事でございましたな」
「総大将の光元殿が降伏されたとは、これは驚きましたな」
「まこと高時様の采配には脱帽いたしました」
口々に喜びと媚びの言葉が酒に酔う高時へと向けられる。
「此度の最大の功労者はそこにいる野間義信だ。あれの駒落としが成功をしたのが最大の要因となった。ご苦労だったな、義信。見事な采配だったぞ。勇猛果敢な奇襲組の五十人は本当に素晴らしい働きであった」
嬉しそうに顔を綻ばせる高時に、義信は少々引き攣った笑みを返す。
義信自身は充分に自覚しているからだ。
この成功はほとんど朔夜のお陰であると。この成功を自分の手柄にしてしまえるほど愚かな男ではなかっただけに、義信の笑顔は微妙なものとなるのだ。
祝勝の祝いに浮かれている席に朔夜はいない。主立った将のいる部屋にも下の者の部屋にもいない。その頃朔夜は一人で城の庭にいた。
月はほとんど筆でさっと掃いたような細さで、城から洩れ出でる灯りの方が明るい。今夜は夜気さえも温んでいる。その中で刀を引き抜いてじっくりと検分していた。
指先で刃をなぞる。
僅かな灯りの中でもキラリと美しく光る。
「やはり……おまえは人の血が嬉しいのか、霧雨よ」
今日のいくさで幾人を斬っただろう。多くを斬るつもりはなかったが。
霧雨を抜いた途端、朔夜の目に白く輝く太刀筋が見えた。ここを斬れ、とばかりに白い軌跡が現れる。それに従えば、多くの命が散った。
「そしておまえは嬉しそうに輝いている」
朔夜には霧雨の声が時折聞こえるが、今は昂揚したような歓喜が流れ込んでくる。
自分を見失いそうになる。自分もこの昂揚した気分のままに凶刃を振るいたくて仕方なくなる。
「ダメだ霧雨。俺を支配するな。俺がお前を使ってやる。だから己の思いのままに暴れるな」
鞘に仕舞うと、愛しそうに、祈るように霧雨に額を寄せて、瞑目する。奪ってしまった命と、これから奪ってしまうであろう多くの命を思うかのように、ただ静かに瞑目する。
翌日、思いもかけぬ知らせが高時の元に届いた。