いざ!
夜が明けた。
奇襲組の五十人はつつがなく丘の上に勢揃いして身を潜めていた。
川向こうで対峙している本陣からの合図ののろしを待つ。のろしと同時にこちらも旗を立て松明を盛大に炊き上げる、その準備は既に整えている。
「いいか、絶対に恐れるな。馬の手綱を怯えて引くな。体を低くして馬の背にしがみつけばいい。馬を信じてやれば必ず下まで駆け抜けられる。落馬だけには気をつけろ。先陣は俺が駆ける」
「承知しました」
崖を上から覗けば、その傾斜に足がすくむが、朔夜の堂々とした自信に満ちた姿と言葉に、自然と自信が湧いてくる。今は誰も恐れはなく、早くここを駆け下りて敵陣へ向かうことを待ちわびる気分になっている。
若さゆえの無謀かもしれない。経験したことのない危険な遊びに向かうような昂揚した空気に満ちている。皆瞳が輝いていた。
「のろしだ! のろしが上がったぞ!」
偵察の声に、皆が歓喜にも似た鬨の声を上げる。
うおお! 地鳴りのような男たちの声と共に盛大に松明を炊き上げて煙りを上げ、旗を高々となびかせる。馬上の武者がぞろりと丘の頂から姿を現した途端に、敵陣には大きな動揺が走ったのが見て取れた。
「背後に敵が!」
「慌てるな! 慌てるでない!」
「馬をそろえよ! あのような崖から攻めては来ぬ!」
様々な怒声が聞こえる。
飛沫を上げて川を蹴立て攻め来る本隊とに挟まれた敵が滑稽なほどに右往左往する様が一望出来た。それを遙か眼下に見下ろす男たちの顔が喜色に輝く。
「いざ! 駆け下りよ!」
精一杯の義信の声の後、朔夜が声を上げる。
「歯を食いしばれ! 駆けるぞおおお!」
言いざま、先頭を切って先駆ける。
急峻な崖を転がるような勢いで人馬一体となる朔夜に遅れじと男たちが続くと、もうもうと砂塵が巻き上がり、下にいた則之軍の陣営が驚愕に浮き足立つ。
正面からは川の水を蹴立てて大軍が押し寄せている。あっと言う間に混乱と怒声と悲鳴が入り交じり、逃げ出す者と立ち向かう者と押し合いへし合いで、もう陣の形など何もなくなっていた。
駆け下りながら朔夜が体を起こしてスラリと剣を抜く。
背後の敵を迎え撃たんと槍と弓を構える敵陣の中に、疾風の如き速さで飛び込みながら一気に斬り伏せる。弓さえ引く暇を与えもせず、一凪しては目の前の敵を信じられぬ速さで薙ぎ倒していく。それを見た後続の男たちも一気に短槍を構えるや、勇敢に敵へと向かう。
走る馬の背を蹴り上げて高く跳躍するや、朔夜は単身敵陣のただ中へと飛び込んだ。
驚愕する敵の将の目の前に着地するや、刀の柄を力任せに腹に叩き込み、その場に倒す。倒れた敵将の顔の横スレスレに刀を突き立てると、冷えた獣の瞳で見下ろして言い放つ。
「……降伏しろ」
その威圧たるや、歴戦の猛者である将の心胆を縮み上がらせた。背後に足軽の男が朔夜へと刀を振り上げたが、朔夜は振り返りもせずに、突き立てた刀を瞬時に背後へと突き出す。足軽は声も上げずに倒れて息絶えた。
その冴えた剣捌きを間近に見た敵将は、諦めて目を閉じた。
「降伏……する。我が名は、光元正盛」
則之軍の総大将であった。