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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
動き出す時
31/67

夜陰



 夕闇が深くなってきた。昼間は春が近づいているのが実感できるほどに風が温んでいるが、日が沈むにつれて気温はぐっと下がり風が冷たい。


 いよいよ雲は厚くなり綺麗に月を隠している。

 奇襲組の五十人は夕刻の内に下流の川幅が比較的狭い場所で待機していた。夜陰やいんに紛れるのだ、灯りのない川を音もなく渡らねばならない。


「しっかりと川の状態を頭に叩き込んでおけ。足を滑らせて転んだりして音を立てれば即矢ぶすまだぞ。馬がおびえぬように手綱をしっかりと迷い無く引いてやれ。おい、そこのおまえ、あの丘に何度も登ったことがあると言ったな。先頭にたって頂上を目指せ」

「はい、かしこまりました」

 端的な指示を飛ばす朔夜をぐるりと取り囲んだ屈強そうな若者たちも、自分たちの方が断然年上なのに、すっかり年下の朔夜に従っている。

「それからいかに馬の負担を減らしてやるかも重要だ。重い鎧甲は脱いできたな。簡単に脛と手と胸を守るだけでいい。俺たちは威圧するだけでいいし、斬り合う時は俺が先頭になるから無理に斬り込むな。危ないと思えば馬を返して南に逃げろ」

「わかりました」


 一部始終を少し離れて見ていた義信がおもむろに近づくと、朔夜を若者の囲いから連れ出して木の陰へと連れて行く。


「お前、この隊の大将は私だ。出過ぎたマネをするな」


 いつもの甘い表情と声を尖らせて不愉快を身体全体で表しているが、朔夜は僅かも表情を変えずに淡々と言い放つ。

「俺は全員が無駄死にしないようにしているだけだ。大将はおまえ。それで別にいいだろ」

「だがお前ばかりが目立っている。あいつらの士気を高めるのは私の役だ。お前は単なる五十人の内の一人でしかない」

「ふん、そんなつまらぬ見栄に左右される部下は憐れだな。じゃあ今後はお前が全て指示を出せよ」

「当然だ。この隊を率いるのは私だからな」

 そのまま二人は目も合わさずに隊の方へと戻るが、皆の目が朔夜を見ているのが分かる。あれは頼りにしている目だ。忌々しい、と義信は小さく吐き捨てる。


「あと三刻したら川を渡る。それまで休息を取るように。夜中寝ずに丘に登るから出来るだけ眠っておくように」

 義信の指示を聞いた若者たちが、それぞれ私語をしながら思い思いの場所で休息体勢に入る。


姶良あいら殿、こちらで休まれませんか?」

 特に年若く、まだ十五、六の少年が声を掛ける。が、朔夜はそれを軽く断ると一人かなり離れた位置へと移動して木の傍に座り込むと、腰の刀を抱き込むようにもたれかける。


「交わりもせず、孤高気取りか?」

「わざわざ厭味を言いにくるとは大将とは暇な役職なんだな」

 朔夜の前に立って見下ろす義信を見ることもなく木にもたれ掛かったままで空を仰ぐ。


「少し休む。俺の傍に来るな」

「何を偉そうに言う」

「俺は……何をするか分からないからな」

「え?」

 少し唇を噛み締めた後、今度は義信をきりりと見上げて左手で刀を掲げて見せる。

「こいつが、暴れ出すかもしれないから、俺の傍に来るな」

「や、やめろよ……そう言うの……」

 途端に義信の声が震える。


 実は義信、幽霊妖怪もののけの類が大の苦手。義信の姿をみて朔夜は口の端を持ち上げて笑う。

「もうこの領地内でもいつ魑魅魍魎ちみもうりょうが現れるかもしれないからな」

「ちょ、お前、私を……怖がらせるつもりだな……。そ、そうはいかないぞ」

 言いながらも声が震えている。それだけでなくきょろきょろと辺りを忙しなく見回してそそくさと人の多い方へと急ぎ足で向かっていってしまった。


**


 バシャリ、静まりかえった夜陰の中では思った以上に音が響く。


 静かに五十人もの男たちが川を渡る。朔夜の指示の通りに二列になっているので、想像以上に早く渡り終える事が出来た。川岸から丘への道を歩む。その朔夜に馬を並べる者がいた。義信である。

「お前、俺の横を行くように。その、離れずに来るように」

 互いの顔もおぼろにしか見えぬ闇だが、微かに義信の声が震えているのが分かる。誰も口を開かぬ異様な雰囲気に恐れをなしたようだ。


 なぜ朔夜の側に来たのかは義信自身も良くは分からなかったが、なんとなく一番安全な気がしたのだ。夜に慣れているのが分かる。しかも妖刀がある。最悪の事態が起きても対処できるのは朔夜しかいないと無意識に考えたのかもしれない。


「恐れているのか?」

「お、恐れてなど、ない」

「俺の側にいればいい。俺は夜には慣れている」

 囁く声が頼もしく聞こえる。朔夜の指示に従うのは義信のプライドが傷つくが、今は背に腹はかえられぬ。

「下手に騒ぎ声を上げられては台無しだからな」

 続けた朔夜の言葉に憤然としたのは当然だ。だが、そのせいで怖さも半減してしまったのも事実だった。


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