思惑
「朔夜の案に乗る」
バンっと地図を手のひらで叩きつけるや、すぐに指示を飛ばす。
「急襲の五十人と馬の選別は野間殿に任せる。朔夜と話し合うように」
「はっ」
「北に潜ませる弓隊は堀殿に任せる。広さから人数と配置を考え選定を」
「はっ」
「それから正面からの隊は俺が中心となる。黒田殿、深追いせぬように各隊ともに指示を。南に逃げた者を有る程度まで追う。その分岐点は、ここまでとしろ」
ザッと墨で強く線を地図の上に引く。
「いいか。殺し合うのが目的ではない。それを念頭に置いてくれ。だが部下の誰をも損なわぬように、戦うべきときには躊躇なく戦ってくれ」
「はっ」
高時の指示にすぐ反応した家臣は、すぐに動き始める。
今日は幸い曇り空の上、月も細い。夜陰に紛れて敵方の背後に回るならば今夜にと決まったのだ。
野間春義は朔夜を引き連れて奇襲組の面々を選ぶ。若くて敏捷に動ける者を次々に選んでいると、義信が父の足元に跪いて請うた。
「父上、私もぜひ行きとうございます」
「なに? それはならぬ」
驚いて顔を上げた義信に、野間は片膝をついて息子へと顔を近づけると小声で囁くように告げた。
「この奇襲は正直成功せぬ可能性が高い。下手をすれば崖から落ちて死ぬ。そのような犬死に同然の隊にお前を入れることはできぬ」
野間は、いや他の手練れの家臣は皆同じ考えであろう。
失敗しても仕方がない程度、奇襲組は捨て駒くらいに考えて選んでいるのだろう。そこに息子など入れることは出来ぬ。それは親として道理である。が、義信は食い下がる。
「しかしながら父上。もしこの奇襲が成功した暁には、それを率いた功績は絶大。それをわたしが貰い受けるわけにはいきませぬか?」
「む、そうだな……」
確かに、これが成功すればそれこそ功労者一番になる。それを率いたのが息子であるとしたら……。危険と成功の狭間で野間の心は揺れている。
「私が駆け下りるのは皆が下りて安全が確認出来てからとしますから、ぜひこの奇襲組の大将を私に!」
「分かった。無理と無茶は絶対にせぬと約束せよ。他の皆が死のうともお前だけは恥をさらしても帰ってくると誓うか?」
「はい。必ずや」
これが身びいきの選任と充分にわかっていたが、野間は息子義信を奇襲組の大将に据えることに決めた。