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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
動き出す時
29/67


 東に布陣したのは高時の軍。西が則之の軍。


 ここは西の背後が崖のように切り立った小高い丘になっており、北は森が広がり、南は大きく開けている。間には深くはないが幅の広い川が流れている。

 その川を挟んで互いに睨み合う。


 この地形からすれば有利なのは則之側である。背後は峻険で襲われる心配がない分、前方にだけ守りを固められる。一方の高時側は背後からの奇襲にも備えなければならない。が、その後方には高時の城があるので、背後は守りやすい。


 小さな鍔迫つばぜり合いがあって以来、睨み合いの膠着状態に陥り五日目に入る。陣中では会議が開かれている最中であった。


「このまま睨み合っていても埒もない。ここは小隊をけしかけて敵を誘い出しましょう」

「いや、あちらには戦上手の光元正盛みつもとまさもりがいる。簡単にはいかないだろう」

「ならば川を堰き止めて水を利用するのはいかがか。背後があの崖なれば登るのは無理。混乱に乗じてそこへ三方より攻め上れば」

「堰き止めている間に攻め込まれたらばいかがする。そんな作業に人手を取られ、こちらが手薄になっては元も子もない」

 侃々諤々(かんかんがくがく)の論議がでるが、これと言った決め手がない。高時も腕組みをしながら地図と睨み合いをするばかり。互いに相手の出方を待つしかないのか。だが戦を長引かせるは民の為にも避けたいのだ。


 その時、陣の隅に静かに座っていた朔夜が突然立ち上がった。


「ならば俺が行く」

「は?」

 物々しい戦支度の面々が振り返り朔夜を怪訝そうに見る。突然の意味不明の発言に戸惑っている。

「朔夜、何を?」

 問いかけた高時を真っ直ぐに見つめる朔夜の瞳には迷いなど一欠片もない。


「俺が背後の崖から奇襲してやる。足の強い馬と勇気のある者五十人を連れていく」

「何と! そんな無茶な戦法があるものか! あの崖をどうやって奇襲する!」

「それにたかだか五十人ごときで何が出来る!」

「素人のガキが口を出すものではない!」

「それに背後からの奇襲などと卑怯極まりない! 夜襲同様、致すべきものではない!」

 次々に反対の声が上がるが、それを朔夜はきっぱりと撥ね付ける。

「無駄な引き延ばしより奇襲をしてでも、早く終わらせるのが先じゃないのかよ? 戦なんて引き延ばして何になる。こんな身内の争いなど、とっとと終わらせるべきだ」

 朔夜の声は高時のような強い響きも大きさもない。それでも凜とした迷いのない静かな声は、歴戦の猛者を圧倒した。


「……し、しかし……そのような……無茶な戦法など……」

「一ノ谷の逆落としだ。成功しなくとも背後を脅かすことはできる」

「逆落とし……」


 それはかつて源平の合戦の折、源義経が為した、崖を一気に駆け下り油断した敵を追い詰めた事に由来する戦方法である。が、まさかこの子供がそんな無謀な策を持ち出すとは思わなかった皆は驚いて朔夜を見た。


「他に策があればそうすればいい。だが無いようなら手っ取り早い方法はこれじゃないのか?」

 数多居る大人には目もくれず、ただ高時だけを見つめている。高時の近くに控えている義信がごくりと唾を飲み込み口を挟んだ。


「ご、五十で……無茶だ」

「いや、丘を登る隊列の長さ、夜陰に紛れて密かに渡る川、その数以上では目立って逆に不都合だ。そのかわり旗と松明たいまつの用意は多めに持っていかせる」

「何故?」

「敵に大勢だと誤認させるためだ」

 なるほど、と思ったが誰も返事はしない。


 簡単に頷けぬほどに成功率の低い戦法である。しかも危険極まりない。渡河中に見つかれば矢の標的だ。崖から上手く駆け下りられなければ下手をすれば死んでしまう。だが、成功すればこれ以上の成果を上げる方法はないだろう。

 義経の場合は三千の兵を連れていたといわれている。それをたった五十とは。無謀過ぎるのではないか、そう誰もが考えていた。だが朔夜は自信ありげに言い切る。


「背後を脅かせばいいだけだ。本隊が攻め込むと同時に背後の不意をつく、それが目的だ。森には弓隊を潜ませて、逃げる者を弓で追う。正面は川を渡り圧力をかける。南は逃げ道だ」

「逃げ道?」

 朔夜の続ける戦法に、皆が眉を寄せる。

「皆殺しがこのいくさの目的ではないはずだ。敗走させてから和議に持ち込めばいい。そうじゃないのか、高時」

 真っ直ぐに射抜く獣の瞳に圧倒される。この強くてしなやかなる生き物は、どこまでも気高く誰も寄せ付けぬ輝きを放っている。時則に従い戦場を駆け抜けてきた歴戦の者も、今は朔夜を子供だと見ていなかった。


 瞳に射抜かれている高時は、静かに瞼を閉じ、再び開いた時にはもう決意を漲らせていた。


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