ご武運を
翌日から高時は戦準備を始めた。
兄弟には一刻も早い決着を付けるべく手紙も送り届けたが、弟繁則は静観の様子で返事を返さず、兄則之は正当な跡継ぎの立場だとの主張のもと、相争う決意を告げてきた。
「俺は龍堂時則の跡継ぎとしてこの駿河の国を貰い受ける決心をした。兄弟で相争うほど馬鹿げたことはない。領民に苦労を強いることにもなる。その全てを承知の上で戦う。お前たちも色々と意見はあろうが、短期決戦で決着を付ける。敵方と言えども知己や親戚もおろう。互いの死傷者はなるべく出したくないのが本心だが、俺は全力で戦う。皆もそのつもりで俺に命を預けてくれ!」
満座の中で言い放つ高時の言葉が強く、そしてそのきっぱりとした姿に若い家臣はもちろん時則に仕えていた古参の家臣までもが平伏をしていた。
(――ああ、高時様が素敵過ぎます! この姿を見て惚れない人がいましょうや、いやいない。一生付いていきます!)
友三郎の中では既に高時の凛々しい陣中姿が浮かんでいる。にやけた瞳で高時を見つめていた。
「戦については俺はまだあまり経験がない。そこで野間春義、堀道里、黒田左馬ノ介そして本城から来た本田頼興。この四名を中心として采配を振るってもらう。配置や戦法などについては今から会議に入る。呼ばれた者だけ残るように」
高時の言葉を継いで野間春義が数名の名を読み上げる。その中には野間の息子義信も入っている。これからの戦、つまり高時の手足となり働く者である。それ以外の者は一時解散。それぞれに戦支度を整える手はずとなった。
「まだ頼りないから私たちは入れてもらえなかったね。ああ残念だな。早く高時様の手足となり使えるようになりたい」
退出した朔夜の隣で友三郎がため息混じりにぼやく。朔夜は慌ただしい城内の様子を鋭く見ているだけで何の返事も返しはしないが、それを不快に思うような友三郎ではない。
「私はいくさに出られるだろうか。城で留守はいやだなあ。留守なんて役立たずの烙印みたいだし。朔夜はどうなるんだろうね」
「俺は、いくさに出る」
きっぱりと言い切ったことに驚いている友三郎に、横顔のままでもう一度告げた。
「いくさに行かなくては俺の来た意味がない。これはあのオヤジの遺志だ」
「時則様の? どう言うこと?」
「あのオヤジは俺に高時の力になり戦に出ろと言った。戦の仕方も城での立ち居振る舞いも、そのために俺に教え込んだ」
「時則様が……」
朔夜を常に呼び出していたのは、高時の側仕えに仕立てる為だったのだと知った友三郎は、その瞬間に悟った。
(――時則様が私を寺に召された時、高時様の心の近くに有るようにおっしゃられていた。私の役割は、ともにいくさで戦うのではなく、高時様をいつでもお迎えして癒せるような場所を用意することなのかもしれない。いくさには馬鹿強い朔夜を選んだのだ。そうか、私は高時様の女房役ですね! それならばこの友三郎、命の限り女房になります。おなごの着物とて厭いませんよ高時様!)
あらぬ方向へと飛躍する友三郎の心は満たされていた。
だから朔夜が野間の隊に組み込まれ、友三郎が城の留守になると知らされても、もう疎外感は持たなかった。
*
野間親子の隊に配属された朔夜は、簡単な具足だけしか付けていないのを見かねた高時から鎧と甲を無理矢理に装備させられて、少し不機嫌そうであった。
周囲の大人に混じればまだまだ小さい朔夜は一際異質であったが、本人は全く気にもしている様子もなく、出陣式の間中も一人離れて空を見上げていた。
「人と交わるのが苦手なのは知っているが、いくさでは上の指示に従って動かなければ命取りになる。身勝手な行動は慎むように」
馬の鞍に手を置いた義信がキツい口調で朔夜を窘めるが、わずかに両肩を上げただけで朔夜は自分にあてがわれた馬にひらりとまたがると隊の最後尾へと歩いて行ってしまった。
それぞれに忙しない様子を見やりながら、友三郎はそっと手を合わせる。
ーーご武運を。
切に願いながら、冬の抜けるような青い空へと祈った。