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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
動き出す時
25/67

虚勢



 その報せに息をするのも忘れて高時は呆然とした。



 『駿河の龍』龍堂時則、死去。



「親父様が……死んだ?」


 年が明けてまだ一月も経たぬ未だ寒い夜、報せを聞いた高時は絶句してしまい身動きも出来ずにいた。


 すぐ城のほうへ、と告げる伝令の声をぼんやりと遠くの方で聞いていたが、傍にいた義信と友三郎に促されて上の空のままで支度を調えていると、いつの間にか入口に朔夜が佇んでこちらを見ていた。


「俺も城へ向かう。お前の供をしよう」

「朔夜……」

 友三郎とさして年の変わらぬ少年の落ち着きが、その時は何故かとても頼もしく思えて、静かに頷いた。が、隣にいた義信が思いの外強い口調で反対してきた。

「なりません。供はこの私にお任せ下さい」

 普段の冷静さや穏やかさの欠けた口調に、友三郎も高時も驚いて義信を振り返った。


「なにゆえに反対するのだ、義信」

「今はご兄弟で睨み合う微妙な時機にございますれば、何かしらのはかりごとがあるやもしれませぬ」

「朔夜は強い。もしなにがしの陰謀だとしても朔夜なら大丈夫だ。おまえも朔夜の強さは知っているだろう」

「しかしながら、城仕えの経験もない朔夜では心許ないのでは」

「あの城のことならお前よりも知っている。何の問題もない」

 言い募る義信に鋭く切り返したのは当の朔夜自身であった。義信を睨むように鋭く見つめている。

「私より、と?」

「ああ、あの城のことを俺は全て教え込まれている。それに城内に仕える主だった者も俺は全て知っている」

「それは……どう言う……」

「とにかく急げ高時。こんなところで他の兄弟に遅れをとるな」

 急ぎ足で去って行く二人の後ろ姿を見送る義信の握った拳が震えていることに気がついた友三郎は、なにか不吉な予感が胸に湧き起こるのを押さえることが出来なかった。


 ――義信様はもしや高時様と朔夜がねんごろになると自分の地位が危ういとでも思っていたりして、そのうちに朔夜を暗殺してしまえなどと思い詰めてしまい……ああ、そうなると私は義信様をお止めしなければならない。こんな恐ろしい計画、誰にも相談できない!

 もはや暴走する友三郎の脳を止める者は誰もいなかった。


 

 駿河本城は突然の時則の死に火が付いたような騒ぎであったが、その騒ぎも時則の寝かされている部屋にまでは届きはしておらず、静寂の中で高時は立ち竦む。


 真っ白のしとねに寝かされた『駿河の龍』は、眠っているようでもあり、しかしその血の気の失せた白い顔は死を身に纏った者独特の冷えたものであった。

 あれほど熱く毒の籠もった言葉を吐いた口も、ぎらついた野心を秘めた瞳ももう二度と開くことはないのだ。


 あまりにも急な別れ。

 死因は不明。突然倒れてそのまま息を引き取ったのだ。


 医者は血の気の多い者が急に冷えたりすると突然亡くなることのある、いわゆる心の臓の病ではないかと言っていた。


 周囲に座り泣きむせぶ側室や妹たちの姿でさえも、これは何かの芝居ではないのかと目を見開いたままで呆然と見やる。何かの悪い冗談ではないか、あの食えぬ男の悪い芝居ではないのかと。


「高時様、どうぞお側へ。今、則之様と繁則様も到着されました」

 時則の側近中の側近であった本田頼興ほんだよりおきが静かに囁くと、高時の傍らに佇んでいた朔夜がそれを受けて促した。

「しっかりしろ。今、侮られるような姿を見せるな。今のお前が為すべき事は虚勢をはることだ。崩れるなよ」

 掛けられた言葉に朔夜を振り返ると、その瞳が真っ直ぐに高時を射抜く。強くて深い眼差し。責めるように問いかけるように、そして背中を押すように。


 その瞳が高時の胸の奥にある強さを引きだしてくれた。


「分かっている。崩れはしない」

 軽く頷くと、すぐに普段の強く凛々しい高時の目に戻っていた。その直後、兄弟である則之と繁則が慌てて駆け込んできたのだった。


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