表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
動き出す時
23/67

妖刀を従える少年



 満願寺城に戻った朔夜に、友三郎が駆け寄って来て再会を喜んだ。

「朔夜、本当に来たんだね! 私はすっごく嬉しいよ!」

 掛け値なしの笑顔に朔夜の表情も少し柔らかくなる。


城の中は十六歳の高時を支える為に、年功の家臣を配置してあるので、この城で最年少の友三郎は一人居心地が悪かったのだ。まだ十三歳の友三郎なのだ、心細さも募っていた頃に朔夜の登場である。それこそ心底嬉しかった。

「それにすごく立派だ。見違えたよ。綺麗だよ朔夜」

「大きなお世話だが、あのおやじ曰く、おぬしなどまだ子供、初対面で侮られぬようせいぜい着飾れとかでな」

 ふん、と鼻で笑う朔夜にはすでに人を惹きつける何かが備わっていた。


それは物怖じしない態度のせいなのか、それとも美しい容姿のせいなのか。友三郎はそれが誇らしく感じられて嬉しくてしかたがなかった。


「朔夜、友三郎! 広間に来るように。高時様が皆にお前の紹介と、他にも大事な話があるそうだ」

 高時と供に駿河本城に伺候しこうしていた野間義信のまよしのぶが二人を呼びに来て、すぐにきびすを返して戻っていく。あまり朔夜を歓迎してはいないのが、その背中から感じ取れる。

「は、早く行こうか。な、朔夜」

「ああ」

 朔夜は気にしているのか気にしていないのか、あまり変化のない表情からは全く読み取れないが、あの穏和で優しい義信が珍しいことだと友三郎は首を傾げながら部屋へと向かい、そして聞いた話に度肝を抜かれた。


 長子の時臣ときおみ廃嫡後、兄弟で跡目争いをする。それが時則の命令である。そんな途方もないバカげた話にそこに居並ぶ誰もが呆気に取られてしばらく口をきく者は居なかった。

 沈黙を破ったのはこの城を守ってきた義信の父、野間春義のまはるよしであった。


「それは、まことの話にございましょうか?」

 探るような口調に、上座に座る高時の眼が鋭く吊り上がり野間を見据える。

「ほう、野間殿はこの俺が跡目欲しさに兄弟で相争いたいとでも思うておられるのかな?」

「いえ、そのような。しかしあまりにも唐突で馬鹿げた話ですので、俄には……」

「信じられぬ、と言いたいのであろう」

 ゆっくりと頷いた野間に向けて、高時が大きな声で笑い始めた。


 まだ年若いといえども城主に向かって信じられぬなどと言ったのだから、叱責の言葉でも降ってくるのかと覚悟していた野間はもちろん、周囲の皆も笑い出した高時に驚いた。


 笑いを納めた高時は、笑い顔のままで皆を一巡するように眺め回す。

「実は俺もまだ信じがたい。あの親父様のことだ。どこまで本気なのかを確かめねばならんと思うておる。そこで野間殿、則之兄のおられる久能城くのうじょうと繁則のいる小椋山城おぐらやまじょうへと探りを入れてくれ。本当ならば親父様の元に二人とも呼び出しを受けているはずだ。それに、いくさ準備の有無もな」

「はっ」


 ずっと時則ときのりに仕えてきた老練なる野間春義だが、高時の指示には抗いがたい力があるとここ数ヶ月で気付いていた。

 素早い決断と的確な指示、そして分かりやすい言葉。失態や失言を鷹揚に受け止める器。とても十六歳の少年とは思えない。この人には指導者たる才能がある。そう思わせる光を纏っている。

 群れを率いる者とはこんな光をもつのかもしれない。野間はそれからゆっくりと視線を下座に座る先程紹介された少年へと移す。


 姶良朔夜あいらさくやと紹介されたその少年は、この満座の会議に興味もないのかつまらなさそうに開け放たれた外を見ている。

 きっちりとした身なりだが、瞳には驚くほどの鋭さと剥き出しの野生の光があり、華やかな外見と裏腹な深い闇をその身に纏っているようで得体の知れぬ感情が湧き上がる。それは異なる者への畏怖なのか、嫌悪なのか、何か分からなかったが、なぜか目を逸らせぬ力を放っていた。と。


「うわああああ!」


 突如、けたたましい叫び声が外からあがる。


 抜き身の刀をメチャクチャに振り回しながら庭を横切って疾走してくる男の姿が見えた。


「なにっ――?」

 全員の目が、ぎょっとしてその刀へ集まる。


 反りのひどく浅いぬめるような艶を持った美しい刀。

 その刀にはべったりと血が付いて、未だに滴り落ちていたのだ。

 誇らしげに色付いている庭の紅葉のように真っ赤な血を散らせながら髪を振り乱して走っている男が再度雄叫びを上げた。


「うわあああ!」

 叫び散らしながらこの座敷へと向かってきている。


 誰もが呆気に取られている中、下座の少年が跳ねるように俊敏に飛び出した。


「やめろっ!」


 少年の鋭い一喝に無茶苦茶に振り回していた男の動きがピタリと止まる。男がニタリと不可思議な笑みを顔にはりつけて、ゆらりゆらりと飛び出した朔夜の方へと近づく。


「危ないぞ!」

 誰かが叫んだ。


 血塗ちぬれた刃が静かに朔夜へと突き出される。手を広げてその刃へと手を伸ばす朔夜が、ためらいなく刃を握りしめた。

「くっ……」

 手のひらの切り裂かれる痛みに朔夜の顔が歪む。だが握りしめる力を緩めもせずに首を振った。

「ダメだ霧雨きりさめ。俺の血を啜って今は眠れ、静まれ!」

 突然、刀を振り回していた男が意識を失って倒れた。


 男の手から離れた刀の柄を右手で握ると、すぐに血振りをして「鞘はどこだ!」と奥へと走って行くのを、そこに居合わせた皆が呆然として見送った。


「あれは……、霧雨ですね」

 青い顔で小さく義信が呟いたのを高時が眉をひそめながら頷いた。その言葉を聞いた春義はハッとして高時に問いかけた。

「あれが……あれが噂の妖刀霧雨、ですか?」

 春義の言葉に、一同がぎょっとしたように高時を見る。

 妖刀霧雨が寺の封印を破って一人の持ち物になったそうだとの噂は城下で既に広まっていたのだ。

「まさかあの少年が、妖刀の選んだ主、などと?」

「そのまさかだ。朔夜は妖刀霧雨の主だ。多分、この部屋へ入る前に大刀を預けさせられたのだろう。妖刀は人を取り込んで人を斬るそうだから、誰かが朔夜の刀に触れて鞘を抜いてしまったのかもしれない」


 彼の消えた廊下の先へと皆が振り返る。そこには倒れた男を運ぶために数人が駆けつけたところであったが、もうあの少年の姿はなかったのに、誰も目が離せなかった。


 妖刀を従える少年。


 だからこそあの危うげな雰囲気を醸し出しているのかもしれないと野間春義は秋の陽射しの中へ駆けていった朔夜の姿を思い返して目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ