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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
動き出す時
21/67

毒ヘビの子


**


時臣ときおみ兄上を廃嫡はいちゃく……ですと?」

 息を飲んだ高時に「駿河の龍」はにやりと笑う。

「ああ、そうだ」

 友三郎が寺を出て高時に仕え始めてからまだ一月も経たぬ頃、時則がいる駿河本城に呼び出され、聞かされた話に高時はしばし呆然としてしまっていた。


「そ、それは……」


 言い淀む高時に向けて大口を開いて笑いながら時則が何でもない事のようにあっさりと告げた。

「何も時臣に非があるわけではない。あれは以前から病に伏せっておったのじゃが、自ら廃嫡を願い出てな。こんな病弱な身では駿河の国は守れぬとな。それでわしも了承したのじゃ」

「では、しかし……家督は則之のりゆき兄上に?」


 もちろん長男が自ら言いだしたことではない。時則が脅すように長男時臣に言わせた言葉であったが、そんな裏の事情など知る由もない高時はすっかり信じ切っているようだ。

「まあそこで相談だ、高時よ。わしは次の嫡男は誰よりも強い者にしたい。そこで則之、高時、繁則しげのりのおぬしら三人による跡目争奪をして欲しいのじゃ。どの者がわしの跡継ぎに相応ふさわしいのかを自らの力で示せ、とな。もちろん負けた者は兄だろうが弟だろうが、勝者の下につくか死を選ぶか、まあ勝たぬ限りは屈辱が待っておる。抜けることは許さぬ」

 ぎらぎらとした眼でこちらを睨む口元には歪んだ笑みが張り付いている。顎鬚を撫でさすりながら返答を待つが、否とは言わせぬつもりであるのが見て取れる。


「……兄弟で争えと?」

「そうじゃ」

 やや掠れた声で喉から押し出すように問いかけた高時に非情の返事を投げつける。


「親父様よ……。あなたは『龍』なんかじゃない。とんだ毒ヘビだ」

 いつもの大きい声ではなく、押し殺した声に怒りの感情が籠もっている。それを受けた時則は顎を持ち上げて高時を睥睨する。


「性悪な毒ヘビの子じゃ、おぬしもな」

「ふっ、確かにな」


 視線を横に流しながら自嘲する高時に向けて言い放つ。

「己が生き様は己の力で奪い取れ! 楽にくれてやるほどわしは甘くはない。欲しいものは自らが動いて奪い取れ。それが武将龍堂時則が息子よ」

「はん、親父様の腹黒い策になんか乗らない。だが己が惨めになるような生き様だけはさらさない。だから戦うのであれば俺が必ず勝ってやる。兄弟とて容赦などしない」

 今度ははっきりと良く通る凛とした声で不敵に笑いながら睨み付けてくる目の前の息子に、幾度か軽く頷くと背後の襖に向けて声を掛けた。


「入ってまいれ!」

 それから高時の方へと向き直るや、

「高時よ、おぬしに種をやろう。これから戦い抜くために必要な土産じゃ」

「種?」


 すらりと襖を引き開けて入ってきたのは朔夜。その姿に高時は目を見開いて言葉を失ってしまった。


 ほんの数ヶ月会わぬ間に、朔夜は立派になっていた。いや、時則が用意させたのであろう上質の着物にきっちりと履いた袴姿、それに丁寧に結い上げた艶やかな髪のせいで驚くほど印象が違っていた。

 それは――貴公子。もしくは一頭の気高く美しい獣。

 そう思えるほど、朔夜の姿は凛々しく美しかった。


「朔夜、か?」

 思わず問いかけた高時を無視して、相変わらずの憮然とした表情でぶっきらぼうに時則へと言い放つ。


「俺は誰にも仕えないと言っただろうが。土産とはなんだよ。しばらくは付き合うと言っただけだろうが」

「さ、朔夜! 俺の所へ来てくれるのか!」

 思わぬほどの大声を上げた高時が立ち上がって朔夜の腕を取ろうとしたが、その瞬間に朔夜はふいっと身体をねじってその腕に触れられぬように逃れた。

「聞いてたのか、お前。俺は誰にも仕えない。しばらくなら――」

「いい、自由でいい! おまえの自由でいいから、とにかく俺の所に来てくれ。しばらくでも一生でも、お前の自由でいいさ」


 必死で言いつのる高時の真剣さに気圧されたのか、朔夜は伏し目がちになりながら「わかったから大声だすな」と眉間に皺をよせると、時則が大声で笑い出した。

「おぬしは嫁取りでもしているつもりか、そんな必死になりおって」

「ばっ、何を馬鹿なことを! そのようなものではありません!」

「ははん、ではあの妖刀が欲しいのか」

「違う! 妖刀などなくとも俺は……」

「もういい!」

 朔夜が二人の話を断ち切る。


「うるさい。俺はしばらくお前のところで世話になる。それだけだ。じゃあな腹黒いお館様よ」

「おう、夜が寂しくなるの朔夜。時にはこの老いぼれを慰めに来い」

「どの口が老いぼれなどとほざく」


 がははと笑う時則を睨み付けると、高時を促して部屋を後にした。


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