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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
動き出す時
20/67

**


 高時が満願寺城に入城して間もない頃のこと、時則に呼び出された朔夜に告げられていた話しがあったのである。


 呼び出される度に、末の姫、佐和姫がなぜかつきまとい辟易としてしまう朔夜は、いつだって拒絶するように冷たくあしらうのに、気にも掛けずにすぐにと駆け寄ってくる。だからこの城に呼び出されるのは苦手で、時則の部屋に呼ばれて佐和姫から離れられるとホッとするのだ。


 その日も佐和姫からようやく解放されて、渡されていた書物を挟んで時則と話を始めた。

「もうこっちの兵書は読み終えた。次はどうすればいい」

 朔夜が懐から書物を取り出して時則の方へと押し返すと、にやりと口角を上げて笑みを浮かべた時則が意地悪そうな声を出す。


 それは読むようにと渡されていた兵書。唐渡りの書物だ。

「ほう、さすが和尚の秘蔵っ子だな。すごい速さで読みよるわ。しかし実践で使えぬ兵法など無用どころか厄介なものはない。どんな状況でもどこでもすぐに人に説明できるほどに読み込んでおけ」

「だいたいこの一年間、兵法やら槍、剣術の指導やらばかりで、あんたは一体俺に何をさせたいんだよ。いい加減に教えたらどうなんだ」

「朔夜よ、おぬしはここに来てすることの意図がまだ分からぬか?」

「ふん、どうせ俺に戦にでも出ろと言いたいんだろ? 霧雨を連れてな」


 ハッと馬鹿にしたような笑い声を上げたのは時則のほうだった。


「霧雨には確かに興味はある。が、それ以上に妖刀に選ばれたおまえにもっと興味がある。実際、おぬしはとても使えると分かったからな、これは利用せぬ手はない。いくさに使いたいのは本当じゃ。だがおぬしが仕えるのはわしではない。我が三男の高時じゃ」

「高時に?」

 目を細めて胡乱気に時則を睨む朔夜の瞳の光は鋭い。その野獣の瞳を軽く受け流して時則が続ける。


「わしはな、もう少ししたら長男を廃嫡はいちゃくするつもりじゃ。あれは少々病弱で武将の器ではない」

「で、高時を世継ぎにするつもりか」

「いや、世継ぎは指名せぬ」

「は?」

 時則は顎ひげをさすりながら片膝をたてると、朔夜にだけ聞こえるような小声で


「争わせるのよ、兄弟でな」


 そう言ってニヤリと笑う。言葉も出ぬ朔夜に向けて。


「ふん、わしの築き上げたものを簡単にはやらぬ。一番強く相応しい者にしかやらぬよ」

「……兄弟で殺し合いか、悪趣味だな」

「戦うだけがいくさではない。交渉で相手を従わせるのもいくさの一つだ。だが必要ならば殺し合いでも何でもして戦い合えば良い。兄弟という繋がりだけで手加減するようでは、この乱世にあまたの武将を率いる資格はない」

「そんな事してる間にお隣の武将さんから領地を狙われるぞ」

「構わぬ。それを取り返せる奴がわしの跡継ぎに相応しい。わしのものをのうのうと受け継ぐだけの男ではこの時代を生き抜けては行けぬわ」

「で、あんたは三男の高時に見込みをつけているってわけか」

「さあ、どうかな。将たる質は人を率いる力と、周囲にどれだけ良い家臣が付くか。それに極まる。二男・則之のりゆきは賢くて度胸もあるが人の意見を聞き入れるのが苦手じゃ。四男・繁則しげのりは人の気持ちをよく汲み取るが少々臆病じゃ。高時には戦に通じた者が欲しい。つまりわしが今しているのは種まきじゃ。それぞれの子らに弱点を補う家臣をつけようと思っておる。おぬしは聡く強い。高時のもとで働け、朔夜」


 はん、とバカにしたように鼻で笑ってから朔夜は目を細めて威嚇するように時則を睨んだ。


「俺は種か。誰にも仕える気はないと最初に言っておいただろうが。だがまあいい。この地にいる以上はしばらくあんたの手の上で踊らされてやるよ。しかし本当の目的は何だ? 自分で気がついてるのか? あんたは魔を絶対に寄せ付けない。何なんだあんたは」

「おぬしは見鬼けんきだろう?」

「見鬼?」

「おう、からの国では、あやかしが見える者の事を見鬼と呼ぶ。おぬしは見えるようだな」

「……いや、霧雨を持つと様々な気配を感じるんだ。だから今はお前が尋常でないことが分かる。一体なぜだ?」

「知りたいのか、朔夜よ」

「別に知りたい訳じゃないが、得体の知れぬ者に従いたくはないだけだ」

 鼻をならして唇を歪めて笑うと、朔夜は時則をまっすぐに見据えた。その強い瞳に時則は満足そうに頷いた。


「そうだな、まあ聞け朔夜。わしは昔ある妖術使いととある約束を交わし、その者の妖術の力を借りてこの国を先の領主・高浜たかはま家から乗っ取ったんじゃ。だが諸事情でその者との約束が果たせなんだから、非常に怒って来てのう。我が身かわいさに一切の妖術を寄せ付けぬ護法を我が領地に施したのじゃ。

それは我が命を使う禁忌の呪法じゃった。だからわしはこの先さして長くは生きられぬ。わしが死ねばその者がこの国に攻め入るだろう。奴に負ければこの土地など、一木一草根こそぎ荒らして領民のただ一人さえも残さぬだろう。それほどに残忍な者なのだ。だからこそ強い者を後継にせねばならぬ。ひとかたならぬ意志を持ってこの国を率いてくれるような強い者でなくてはならぬ!」


 いつもの人を小馬鹿にしたような口調ではなく、切羽詰まったような言葉を朔夜は黙って聞いていたが、最後に憎まれ口を叩く。

「身勝手なことだ……」

 そうだな、と横を向いたままで笑う時則の顔はどこか寂しげでもあった。


「おぬしがその刀をいかほど使えるかは知らぬ。だがその者が攻め入る時に、妖術を使ってくる可能性が高い。妖刀ならばきっと破邪はじゃの力もあろう。その時には力になってくれような、朔夜よ」

 朔夜を見つめながら、ふっと笑みを零す。その笑みには憂い、迷い、不安、今まで時則が見せたことのない感情が含まれているのを朔夜は敏感に感じ取ってしまう。だから。


 ゆっくりと頷いて申し出を受け入れた。


「時に朔夜よ」

 ふと声音を尖らせた時則に、朔夜は眼差しだけで「なんだ?」と問い返す。無遠慮な視線を受けた時則はまるで蛇のように目をキュッと細めた。

「佐和の子守りはどう思うておる?」

「……姫の?」

 僅かに眉を寄せた朔夜だが、すぐに時則の含む意図に気がついた。呆れた吐息を吐き出しながら、朔夜は立ち上がる。


「正直、辟易している。心配をするほどならば、籠にでも押し込めて鍵をかけておけ。いずれにしろ、俺には関わり合いないことだ」


 刀を手にして背を向けると、時則がフッと鼻で笑った。

「……あれはやんちゃでの」

 その声は、ただの父親として子を愛おしむ色が混じっている。


 親子の情など朔夜には分からない。

 その愛おしむ声音は姫にだけなのか、高時たちにもあるのか。

 片方では兄弟に相争わせ、一方では心配を顕わにして、どれが親の気持ちなのだろうか。そしてそれを受け取る子供と言うのは、どのような気持ちをするものなのだろうか。


 厄介な、と朔夜は思いながら時則の部屋を後にした。


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