獣の瞳をもつ子供
その友三郎にはちょっとした癖があった。それが先程の妄想癖。
勝手にあれやこれやと想像を巡らせてはにやけていたり、ひたすら暗くなったりと、周囲からは窺い知れぬ話が頭の中を駆け巡っているようだ。
「まったく泊まる予定ではなかったのに、あの親父様のせいで帰れなくなった。寂しくはなかったか友三郎?」
「はい、ご心配ありがとうございます。時則様のお呼び出しはいかがでしたか?」
「ああ、大した事ではないが、酒をさんざん飲まされたんでな。まだ少し頭が痛い。和尚には内緒にしておいてくれよ。ちょっと部屋で休んでくる」
じゃあと背を向けて庫裏の方へと歩き出した高時が不意に立ち止まった。
どうしたのかとその大きな背中から首を覗かせると、そこには秀海和尚が立っており、和尚の後ろには身なりの汚い友三郎と同い年くらいの子供がキョロキョロと辺りを見渡している。
汚れてすり切れたボロボロの着物に薄汚れた顔、はみ出した牛蒡のように細い手足も汚れきっていてどうみても浮浪児と呼ぶのが相応しい子供であった。その異様な共を連れた秀海和尚が高時に声を掛けた。
「高時殿、今戻られたのか。朝から酒の匂いがしておるわ。この不届き者めが。さっさと水浴びでもして酒を抜いて来られよ。学業の時間までに抜いておかねば、罰として本堂の掃除じゃぞ」
「げ、早々にバレた」
小さく舌を出した高時は、ふと視線を感じて浮浪児の子供に目を向けた。その小さい子供はじっと射抜くような目で高時を見ている。見上げる視線は、言いようのないほどに強く、思わず高時は生唾を飲み込んだ。
それは、飼い慣らせぬ獣のように野性的でギラギラと本能がむき出しの瞳であった。知らず、高時はその瞳から目が離せなくてしばし睨み合うように見続けた。やがて獣がふと目を閉じた。
呪縛から解放されたように一つ息を吐き、高時はゆっくりと和尚とその子供の横を黙って通り過ぎたが、その背に一抹の緊張感が漂っていたのを友三郎は気がついていた。
(――もしやこの浮浪児のような子供は高時様の知られざる弟君で、こんな寺で偶然ばったりと! だけど声を掛けるのは禁じられていて、愛おしい気持ちを押し隠した高時様は……)
また根も葉もなく脳内で暴走する友三郎の瞳は潤んでいた。