盗まれた刀
翌朝、朝餉の準備をしていた朔夜が和尚に呼び出された。
「朔夜、あの妖刀の行方を知らぬか?」
「はあ? あれは封印したんじゃねえのかよ?」
「今朝、封印の様子を見に行ったのじゃが、札が人為的に剥がされて中の妖刀が消えておった」
「それは……誰かが盗んだのか?」
「盗んだかどうかは何とも言えぬが、無くなっていたのは確かな事じゃ。あれは危険で禍を呼ぶ刀じゃ。早急に行方を捜さねばならん」
「で、俺か。一番怪しいと、そう言うことだな」
「違うぞ朔夜。疑っているのではない。昨日は声が聞こえたとか何とか言うておったから何か感じるものはないのかと思うての」
「はっ、言い訳は結構だ。人を狂わす妖刀が大人しく持ち出せたんだから、昨日の状況から考えれば犯人は俺だと? そう言われても仕方ない生き方してきたからな」
「朔夜よ……」
「だが残念ながら俺じゃねえよ。見当違いで残念だったな。それに行方も知らない」
立ち上がって部屋から出て行こうとする朔夜を和尚は呼び止める。
「待て朔夜! おぬし、自棄になってはいかんぞ」
「自棄?」
「そうだ、以前のおぬしは人から物を奪って生きてきたが、今のおぬしは卑屈になるような事は何一つしていない。誰よりも勉学に励み、寺の仕事もして立派ではないか。わしはおぬしが昨日、己の気持ちを押し込めて妖刀を社に戻したのを見ていた。わしはおぬしを信じておる」
襖の前で立ち止まり背中で話を聞いていた朔夜は、肩越しに和尚を見つめて
「なら、なんで俺を一番に呼び出した」
怒るでもなく淡々と告げると、一気に襖を開く。だが開いた途端、縁の先の庭に刀を構えた男が立っているのを見て目を細めた。
「……あんたが盗んだのか」
「盗んだんじゃない。おまえに盗られる前に確保しただけだ。薄汚い泥棒になど渡しはしない。これは義信様や高時様のような強くて偉いお方が持つべき物だ!」
ギリリと奥歯を噛み締めながら西野基晴が抜き身の妖刀を構えている。
いつも義信の後ろについて回っているくせに、今朝は一人だ。
昨日の僧侶のように狂わされているようには見えなかったが、西野の瞳が赤みを帯びて輝いているのが見て取れた。