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戦国を駆ける龍  作者: さくや一色
出会い
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怪異

 朔夜がこの寺に来てから三月が経とうしていた。もう初夏の風に夏の息吹を感じる季節になり、富士の山の白い境界線も徐々に山頂へと距離を縮めて黒と白の鮮やかな対比を生み出している。


 当初パサパサで色も茶色く抜けていた髪の毛もかなり綺麗になってきて、肌にも張りが出てくると、朔夜は案外綺麗な顔をしていのだと、時々友三郎は見とれてしまうことがあった。少女と見紛うような綺麗な顔立ちだった。

 どこか気品のある整った顔立ちの中にあって瞳の鋭さが野生の光を湛えていて、見つめているとその光に囚われてしまいそうになる。

 近頃はどんどん読み書きも覚え、相変わらず人から触れられることには慣れないが、嫌がりながらも人と並んで一緒にご飯を食べるということも出来るようにもなり、獣から人へと成長しているようだ。


 高時は力強く真っ直ぐな眼差しが群れを率いるような強い存在感を放つが、朔夜はどんな人にもまつろわぬ野生の鋭い眼差しが人を惹きつけて放さぬ独特の存在感を醸し出していた。それが友三郎の妄想癖を刺激する。


(――高時様と朔夜は全く違うのに、二人とも人の目を惹きつけるのは、やっぱり実は知られざる兄弟だったりして。まだお互いに知らないんだ。それを知っているのは秀海和尚だけで、和尚は二人の姿を密かに見ているんだろう。ああ、そんな兄弟愛を密かにはぐくむお二人はこの後、互いに事情を知らぬままに別れ別れになって……)

 毎日、脳内妄想が爆走する日々であった。



 その日、寺の裏から続く山道を登った先にある奥の院で事件が起きた。


 奥の院のとある社からガタガタと音が鳴っているのを一人の寺男が気付き、すぐに秀海和尚へと伝えられた。


 一月ほど前から異変はあった。


 この昼も尚薄暗い奥の院で、やれ天狗を見かけただの、鬼火が浮いていただの、誰もいないのに呼ぶ声がするだのと怪しい噂はあった。だが和尚に一喝されるのが分かっていただけに、噂は密かに流れているだけで、おおっぴらになることはなかった。


 その奥の院の小さな社からの怪音だ。

 報せを受けて駆け付けた和尚たちは、その異様な状況に思わず身震いをした。


 固く封印の施された扉が風もないのにガタガタと内側から揺れている。それは何かがこの扉を突き破ろうとしているかのようで、禍々(まがまが)しさを感じさせる。

 何かを封じているのか、扉には古びたお札のようなものが貼り付けられていたが、それを破らんとするほどの勢いで扉が揺すられている。


「和尚、これはいかなる物なのだ?」

 問いかけた高時をチラリと一瞥した和尚は、大きくため息を吐いた。

「高時殿、あなた方はここに来てはいけませぬぞ。これは寺の問題である。即刻帰られよ」

「ふん、こんな怪しげなもん見たからには、はいそうですかと引きさがれるものか。和尚よ、一体なにが起きているんだ」


 一度首を突っ込んでしまえば、やんちゃな気質を持つ高時だ。絶対に引きさがりはしない。

 彼の周囲には義信や西野、友三郎に朔夜までいるではないか。微妙に義信の顔が青ざめている。

 少し迷ったが、とにかく今にも千切れそうな封印の札を何とかせねばならない。もう一度大きなため息を吐いた和尚が諦めたように説明をした。


「ここには封印した妖刀ようとうが納められておるのじゃ。いつの時代に封印されたかは知らぬが、最後にこの封を施したのは我が師匠であられた天秀てんしゅう和尚である。それが二十年ほど前になるかの。ずっと眠っておったのに、何故急に目覚めだしたのか。理由は分からぬがとにかく一刻も早く封印を施しなおさねばならぬ」

「妖刀……そいつはちょっと拝見してみたいものだ」

 高時の隣にいた義信が「ひっ」と小さく息を飲んだ。

「高時殿! 何を申すか。この妖刀は持つ者の周囲を皆殺しにし、さらに手にしている者自身もを殺してしまうと言われておる。真偽のほどはわしは知らぬが、禍々しい気が社から溢れだしておるのは分かる。遊び半分で迂闊うかつなことは申すな」

 そこまで言った時、ガタンッと一際大きな音がして、ついに封印のお札が破られた。驚いて全員がゆっくりと開いてゆく扉を見つめる。


 ギギギイと耳障りな音をさせながら、あたかも中から誰かが開いているかの如くゆっくりゆっくりとひとりでに開いてゆく。呆然と見つめる中、不意に義信が叫んだ。


「ぎゃあぁぁ! 出たぁ!」

「いかんぞ! 妖刀を外に出してはならない! 早う扉をおさえるのじゃ!」

 和尚の鋭い怒鳴り声に我に返った数人の僧侶が社の方へと駆け寄った。そして一番に扉に手をかけた若い僧侶が、雷に打たれたかのようにビクンと突然硬直した。

 次々に駆け寄った僧侶が扉の前で棒のように立ちすくむ若い僧侶に声を掛けた。

「おい、了念りょうねんどうした?」


 ゆるゆると振り返るその若い僧侶の手には一振りの刀が握られていた。その右手がゆっくりと装飾の施された、古びてなお美しい鞘から刃を抜き放つ。

 ギラリと刃が光を反射して光る。

 まるで今まさに打ちあがったばかりのように燦然さんぜんと輝き、とても年代を経た刀には見えない程の美しさであった。反りは浅く銀の波紋が大きく波打ち、今にも霧が立ち昇りそうな瑞々(みずみず)しさがある。

見ているとその刃に吸い寄せられそうで、触れたい、撫でたいとの欲求を湧きあがらせる。


「ああああ――!」


 刀を抜き放った僧侶は、雄たけびを上げるや、すぐ脇にいた僧侶に斬りかかってきた。



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