変化
突然の高時の訪問に慌てた日置家の両親であったが、久しぶりに我が子に会えた喜びは隠しようもなく、とにかく出来うる限りの歓待でもてなしてくれた。
素性の怪しげな朔夜にも分け隔てなく振る舞い、翌日一行が出発する時には母は涙を堪え切れずに泣きながらいつまでも見送ってくれた。
翌朝、出発してからすぐに気がついた。
ーー朔夜の様子が少しおかしい。
友三郎は敏感にそれを感じ取っていた。
歩いていても必ず少し離れて距離を置く。休憩する時もわざと離れて姿の見えない場所で休んでいる。こちらに目さえも向けることもない。元々人に交わるのが好きではないようだが、その態度にはどうにも気になって仕方がない。
「ねえ、どうして今日はそんなに離れて歩くんですか?」
思い切って尋ねると、朔夜は心底驚いたような表情で顔を上げた。それからまたふいと視線を逸らす。
「一緒に歩きましょうよ。あ、もしかして私が気に入らないのですか?」
足の腫れは引いたが鈍い痛みが残るので、どうしても歩みが遅くなる。それが朔夜は気に入らないのかもしれない。
もしくは高時が友三郎のそばで心配しながら歩くのを見て、気に入らないのかもしれない、などとグルグル考えると声を掛けた自分が迂闊に思えてきてまた落ち込みそうになる。
「すみません、私は気の利かない方で……」
「違う」
「え?」
「違う、そんなんじゃねえよ」
「では、なぜ」
「おまえ……」
ぐいっと睨みつけるように友三郎の瞳を覗いてからゆっくりと目を閉じた。
「俺が怖くないのか?」
「怖い?」
怖いと言われれば、その鋭い野生の獣の目が怖いかもしれない。でももうだいぶんと慣れてきたし、それに昨日で随分と朔夜の性質が分かった気がしたのだ。
人を突き放していても、ちゃんと周りを見ているし、危うい時には守ってくれた。暗くなった山道を安全に歩けるように先に歩き危なそうなところでは声を掛けてくれた。本当はそんなに悪い人じゃないと友三郎は気がついたのだ。だから、もう怖くはない。
「怖くないよ。どうして?」
「俺は……平気で人を斬る。今までも生きるために人を殺した。おまえはちゃんとした親がいて飯を用意してくれる人がいて……俺とは生き方が違う。一緒にいていいはずがない」
「それは違うぞ朔夜」
「高時様」
二人の話を聞いていたのだろう。高時が大きな声で凛と言い放った。
「朔夜、生きるために人を殺める。そうしなければおまえは生きて来られなかったのだろう? それなら俺はどうだ。
俺の親父は領地を広げるために何百もの兵を殺してきた。俺だとてやがては兵を率いて戦うだろう。そうなれば大勢の兵を殺めてしまう。そんな時代なんだ。今は以前おまえが言ったように、命は自分で守るしかない世の中なんだ。だから自分を必要以上に卑下するな。以前のおまえなど知らない。今のおまえが全てだ。
俺はおまえなど怖くない。友三郎も怖いだなどと思わない。そんな胆の小さな男じゃないぞ俺たちは」
「はっ、おめでたい奴らだな」
「ああそうだ。おめでたいとも。俺はおまえを買っている。早く大きくなって俺の力になってくれ朔夜」
「はあ? 冗談はよせ。俺は誰かに仕えたりはしない。そんなのはご免だ」
「仕えろとは言わない。力になって欲しいんだ。考えておいてくれ」
「……バカじゃねえの」
言ってから小さく肩を揺らして笑った。皮肉を交えた笑みではあったが、初めて朔夜の笑うところを見た二人は、ともに顔を見合わせると大きく頷き合った。
その日から朔夜の態度が少しずつ変化し始めた。
相変わらず人と距離を置いて突き放したようでいながら、高時を無視するようなことはなくなったし、友三郎にいたっては朔夜の方から話しかけてくることもあった。年も近いことや元来人懐こい性質の友三郎に朔夜も警戒を解いて近づけるようになったようだった。
義信の金魚のフンである西野などは、チビの友三郎が高時に気に入られているのが気に食わないらしく、時々嫌味な意地悪をしかけてくる事があったのだが、そんな時にさりげなく朔夜が助け舟を出してくれる事も度々であった。だが礼を告げると必ず憮然とした表情で
「別におまえを助けた訳じゃない。昼寝したいのにギャーギャーと煩く聞こえてきたから追い払ったまでだ。誤解するんじゃねえよ」
などと憎まれ口を叩きながら、そそくさと歩いて行く。だが友三郎は知っている。
朔夜は学問や剣術の講義を受けていない時間は寺の仕事をしており、昼寝などする時間がない事を。
友三郎も朔夜とは年も近い(と思われる)こともあり、いつしか遠慮のない口をきけるようになっていた。友三郎の脳内でも朔夜は親しい言葉を掛け合うほどの友となりつつあったのだ。