龍堂高時
春浅い駿河の国から見える朝の富士の峰は、不浄を寄せ付けぬ真っ白の雪をいただいて輝くようだ。その清らかな空気を大きく吸い込むように友三郎は目一杯伸びをした。
肺に冷たさの僅かに緩んだ空気が流れ込む。
「なんだ、背伸びでもして少しでも背が高くなりたいのか?」
背後から掛けられた声に友三郎は満面の笑みを浮かべながら振り返る。
「高時様! お帰りなさいませ」
「おお。今帰り着いたところだ」
快活に笑いながら朝に似合わぬ大きな声で答えながら高時が友三郎の頭にポンと手を置いた。
寺の山門には高時の供をしていた野間義信も姿を見せた。
「義信様もお帰りなさいませ」
「ああ、友三郎。高時様のお出迎えか?」
義信は背が高いので、チビの友三郎からすれば、まるで頭上から声が降ってくるようだった。彼の声は高時と正反対で姿に似合いの甘やかな柔らかい声をしている。
友三郎の幼い顔は満面の笑顔であるが、その脳内では要らぬ妄想がひしめいていた。
(――昨晩お帰りの予定の高時様が朝帰りだとは、きっとどこぞの女人にひきとめられて……いや、高時様の麗しさならば、男の方に引き留められて、ああそんな! 高時様危うし! そこに義信様が駆けつけて、お二人は手に手を取って……)
ニヤニヤと笑っている友三郎の顔を見て、二人は微妙なため息をつく。
***
ここは駿河の国、禅林寺の境内である。
今、時代は群雄割拠の戦国時代。
この駿河の国を治めているのは高時の父である龍堂時則である。
高時は龍堂家の三男であり、今はこの寺に修養を目的として預けられている。そしてその学友兼供廻り役として家臣の息子たちも数人この寺に預けられており、野間義信や日置友三郎もその内の一人であった。
さして背が高いわけではないが、しっかりと鍛え上げた無駄のない身体と生まれながらの大きな声で力強い存在感を持つ高時は、すらりと背の高く年上の義信と並んでも決して小さくは見えない。
どころか十四歳でありながら大概の大人にも負けぬ胆力を持っているから、年よりも大きく見える。それでいて誰よりも率先して川に飛び込んだり落とし穴を作ったり山を駆け巡ったりとガキ大将よろしく子供じみたところがあった。
その高時を憧れの眼差しで友三郎は見上げた。
この寺に預けられた子供の中では最年少で、まだ十歳の友三郎は未だ父母の恋しい年頃であるが、高時の側に仕えられるのは喜びでもあった。