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囚人  作者: 入魚ひえん
2/4


 元倉庫を出てすぐの踊り場で、俺は軽い煙草をふかす。

 さすがに下着一枚はやめておいて、ハーフパンツだけをはいただけの格好で、手すりに腕を乗せてぼんやりとした。

 見あげる夜空は、町の放つ強い光でくすんでいる。


 下から足音が近づいてきた。

 ほっそりとした男が、片手にコンビニの袋を提げて、ビルの階段をのぼってくる。

 四角い眼鏡をかけたカイは、細身のパンツとTシャツに気軽なベストを重ねただけの姿で、以前よりずっと大人びて見えた。

 カイは俺と並んで立ち止まる。

 今まで気が付かなかったが、俺よりだいぶ背が高くなっていた。


「シン、久しぶり」

「……久しぶりっておまえ、前に会ってから一か月しか経ってないだろ。突然、巨大化するなよ」

「巨大化はしてないけど、一か月って長いからね」

「学生卒業したら、一か月なんてあっという間だぞ」

「そうかな。ひと月生き延びるって、結構長いけど」

「逆だよ。人生なんてあっという間だ」

「時間の体感は、個人差があるからね。それと俺、合鍵まだ持ってるから、わざわざ外で待ってなくてもよかったよ」


 元倉庫の合鍵を持っているやつは何人かいて、カイのは樹里が勝手に押し付けたものだった。

 そのせいで、カイは昼夜問わず樹里に呼び出されることになったが、嫌な顔ひとすせず樹里の相手をしてくれた、かなり希少な人間だ。

 カイはコンビニの袋を俺に渡す。


「シンは外なのに、俺に会わせたい人は中で待ってるの? 入るよ」


 カイは扉を開けて元倉庫へと入っていく。

 俺は煙草を足元に置いてある灰皿に押し付け、火を消してから後に続いた。

 カイは入ってすぐのところで、立ったまま動かない。

 俺はカイの背後から、中をうかがった。

 樹里は先ほどと変わらず、膝を抱いて壁の隅に座り込んでいる。

 カイに目を留める樹里の表情は、みるみるうちに潤んだ。

 樹里は顔を腕にうずめる。

 静かな夜に、扇風機の音と、すすり泣きが混ざる。

 カイは動かなかった。

 それとも、動けないのか。


「見える……のか?」


 カイは顔だけを俺に向ける。

 いつもの穏やかな表情だったが、眼鏡の奥は笑っていなかった。


「なんのこと?」


 樹里の嗚咽が大きくなる。

 俺はカイから顔を反らすと、声のする方を指した。


「聞こえるだろ」

「なにが?」

「……樹里の泣いてる声だよ」


 カイの表情が急に優しくなる。

 俺はぞっとした。


「シン、思い出してよ。ジュリはもう泣かない」


 泣き声が一層強まった。

 耳をふさぎたくなるような激しさに、俺は拳を握りしめて耐える。


「ジュリは泣かないし、苦しまない、恐怖もない。大丈夫だよ、ジュリの望んだとおりになったんだ」


 そうだ、樹里は死んだ。

 俺もカイも真っ黒な喪服を着て、俺の知っている樹里ではなくなってしまった、よく乾いた骨を箸で拾った。

 あのとき、樹里があれほど望んでいた死が、ようやく訪れたのだと思い知った。


「でもそれなら、ここで泣いているのは誰なんだ?」


 樹里は今もこの場所で、あの頃の姿のまま、身体を震わせて泣いている。

 本当に、カイには聞こえないのだろうか。

 懐かしい、この叫びのような号泣が。

 カイは俺の背中を軽く叩いた。


「シン、よく見てよ。ここに泣いている人はいない」

「いるんだよ!」


 なにかが弾けたように、俺は叫んた。


「樹里はひとりで、今もここで泣いている!」


 指し示した壁に、樹里はいなかった。

 俺は息を切らして立ち尽くす。

 扇風機が首を振りながら、唸るような音を鳴らしていた。



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