……早すぎるよ
屋敷に戻った私はお風呂に向かっていた。
「この素敵なスタイルを見て楽しめる、美しくなった私最高ー!」
と、スキップしながら風呂に向かったのだ。
きっとお金持ちの浴場は広々として、快適だろうと思う。
「メイドさん達に頼んでお菓子を作る材料も用意してもらったし」
実際に指示を出したのは私だ。
小麦粉、バター、砂糖、卵、それにチョコチップやココア、抹茶、アーモンドやクルミを砕いたものにジャガイモ、油、塩を用意したのだ。
ジャガイモと塩は別に使うが、一番単純なクッキーならば、本の分量通り量って混ぜて焼くだけだ。
「確かにこね方や気温によるバターの溶け具合なんかもあるけれど、一応こねて焼くだけだし大丈夫よね」
材料だって私の家が揃えて道具だってそうだ。
これでメシマズが出来るはずがない。
しかも私はハイスペックなミントなのだ。
失敗するはずがない。
「物理の法則が乱れたレベルじゃないと、失敗なんてするはずがないわね」
邪魔者となる存在は全て排除したのだ。
これで失敗したら私自身諦めがつくが、普通の行動をすれば確実に普通に美味しいものが出来るのだ。
現実世界で実際に適当にクッキーを作って美味しかった私が言うんだから、間違いない。
「“あいつ”も美味しいって言ってくれたしね」
特に抹茶クッキーは程よい苦みで最高だといったのだ。
粗暴な割には女の子らしい所もあるんだなと余計な一言を付け加えられて、頭に来たので“あいつ”に渡した抹茶クッキーを奪い取ろうとしたら、全部口に入れやがったのだ。
あれでは少しも味わえないと思って落胆したのだ。
しかもあのクッキーには、“あいつ”の好きなマカダミアナッツの砕いたものを混ぜておいたのだ。
少しでも美味しいと言って欲しくて。
なのに“あいつ”は味わいもせず全てを口に頬張りやがって……。
「あれ、“あいつ”って誰だっけ」
私は首をかしげる。
けれどその“あいつ”には何となく……今は蹴りを入れたい気がする。
もう少しこう、そう、こう、複雑な乙女心というか。
「なんだろう、考えていたらイライラしてきたかも。精神衛生上良くないから考えるのは止め止め」
これからお風呂タイムだしと私は機嫌よく進んでいく。
外は夕暮れ色に染まり、これから夜になるのだろう。
ゆっくりと星空を見るのも良いかもと私が思っていた所で、
「まだ、状況は全然改善されていないけれど、あまり長くなると馴染んじゃうから早送りっと。もう全然感じ取れないし聞こえないからね……早すぎるよ」
「? 誰?」
何処かで聞いた事があるような声だった。
でもこんなにはっきりと聞こえたのだから幻聴ではないと思う。
というよりは今の声、
「モブモブ君(仮)?」
私は呟いてみるが、返事は無い。
ますますあのモブモブ君(仮)は逃がせない。
荒縄を用意しておかなければ、と私が決めたそれと同時に窓の外に青空が広がる。
傍にあった壁掛け時計を見ると朝の六時だった。
待ち合わせの時間は十時なので時間はある。
「……よし、急いで朝からお風呂に入ろう。そして私のナイスバディを鏡に映してうっとりするわ!」
そう叫んで私は、お風呂に向かう。
広い湯船になみなみと注がれたお湯、そこにつかると心地よい。
そしてうむ、素晴らしいスタイルだと自分の容姿を楽しみながら私は体を洗い、風呂を出たのだった。