お世辞になっていないお世辞
モブモブ君(仮)の逃げ足は速かった。
あまりにも速いので、見失ってしまいそうだ。
それでも何か事情を知っていそうな気がするのだ。
なので逃がすにはあまりにも惜しい獲物なのだ。
ぺろりと私は舌舐めずりをしながら、そのモブモブ君(仮)を追いかけて行く。
やがて廊下が直角に曲がる……つまり建物の角の辺りにやって来て彼を見失ってしまう。
すぐ傍には教室もあるが、上の階と下の階に向かう階段があり、これを上に向かって歩いて少し歩くと食堂につく。
そして今はお昼時。
沢山の生徒がそこかしこにいて邪魔になり、彼を見失いやすい。
「見失ったわね」
私は一人呟いてそれから、踵を返して後ろに下がってから、そっとすぐ傍にあるロッカーの側面に、壁を這うように音も立てずに近づく。
一応天井など周辺も確認したが、そこに彼の影は無い。
天井から逆さで降りてくるなど、あれも特殊能力なので一般人? が使える技ではないので、けれどあの怪しいモブモブ君(仮)だったら、きっと何とかしてくれる! というような微かな期待もある。
もっとも、天井を見て彼はそこにいないので、出来ないのだろうが。
そこで私はそろりとそのロッカーに手を伸ばす。
ベージュ色の長く細いロッカーだが、多少掃除用具を入れたとしても、人一人が隠れるには十分な大きさだ。
取っ手の窪みに手を触れて開いていく私。
ゆっくりと開いたロッカーには、予想通り、中にはモブモブ君(仮)が中に挟まっていた。
彼は怯えたように私を見ており、そんな彼に私は不敵な笑みを浮かべて、
「それで、お話を聞かせてもらえるかしら」
「ミ、ミント様が何か僕のようなモブというようなその他の目立たない一般人に、何かご用でしょうか」
「貴方、普通のこの世界のキャラではないみたいだから聞いたの」
「さ、さすがミント様。利用できるものは利用するという素晴らしい……」
「お世辞になっていないお世辞は良いから、貴方はいったい何者なの?」
その問いかけにモブモブ君(仮)は、びくっと体を震わせてから私を探るように見て、
「……由紀、という名前をご存知ですか?」
「由紀?」
何処かで聞いた事がある気がしたが、そんな主要キャラは私の記憶にない。なので、
「知らないわね。それでその由紀さんがどうしたの?」
「……攻略本といった話を何処かで聞いた事はありませんか?」
私の問いかけには答えず、別の事を聞いてくるモブモブ君(仮)。
私を探っているのが丸わかりだ。
けれど、いきなり攻略本について聞いてきたモブモブ君(仮)、ビンゴ! 彼はこの世界について何かを知っていると、私は心の中でほくそ笑む。
けれどここであるわというより、分からないふりをしてもう少し彼から情報が欲しい。
そして本当に何かのゲームの攻略本だったという私の知らない謎イベントや隠しイベントだったりする可能性も……そこまで考えてそうだったら私って一人ではしゃいでるだけだと思って悲しくなった。
とはいえ彼が何者か分からない以上、用心するに越した事は無いので、
「ゲームの攻略本の事? それよりも私の質問に答えて」
「では、僕を外に出して頂ければお話します」
「あら、逃げるつもりでいるのに、私がどくはずないじゃない」
「ですよね~。はぁ……これはあまり使いたくないのだけれど……てい!」
そこで、モブモブ君(仮)は何かをやって、そこから逃走してしまう。
正確にはロッカーから消え去ってしまう。
それに私は小さく舌打ちをして、
「逃げられたわね……彼の動きを注視する必要があるかもしれないわね」
そう、深々と嘆息したのだった。