風船
俺はある夢を見ていた。
子供の頃から見る夢で、俺はいつも決まって子供の姿をしていて、風船売りのお姉さんから風船を貰うという不思議な夢だ。
風船売りと言っても客は自分しかいないし、お金を払ったことはないから風船配りと言った方が正しいかもしれない。
今じゃそのお姉さんの年も越えて、就職したくらいからぱったりこの夢は見なくなっていた。
久しぶりの再会に嬉しくなった俺は、初めて話し掛けて見ることにした。
「お姉さんは、なぜ風船を僕にくれるの?」
「君が風船を望んでいたからよ。」
色とりどりの風船が太陽の光を遮り、地面に鮮やかな影を作り出す。
「この風船はね、希望で膨らんでるの。」
「希望?」
「ここにある風船は全て違う希望で膨らませてある。君にあげたのは、君が望んだ希望の詰まった風船だったの。」
「でも、最近は風船をくれなかったね。」
お姉さんの表情が悲しげに変わった。
「それは、君が希望を望まなかったから。
絶望の中に居て、希望なんて信じようとしなかったから。私は君が望まれなければ風船を渡すことは出来ないのよ。」
「そうだったの…ごめんね。」
「ううん、大丈夫。だって今日渡しに来れた。
君が一番辛いときにこの風船を渡すことが出来るんだもん。」
そう言うと風船を一つ、俺に選ばせてくれた。
「青いのがいいな。」
「青い風船ね。青は地球の色、素敵な色を選んだね。」
嬉しそうに、でもどこか悲しそうに笑いお姉さんは歩き出す。
その後ろ姿を見て、何だか二度と会えないようなそんな気がして一度だけ声をかけた。
「もう、会えないの?」
「うん、決まりを破って私から会いに来ちゃったから。もう、会えない。
…でも、大丈夫だよ。その風船を無くさないように大切にしてればきっと、君は自分でもっともっと多くの希望を見つけることが出来る。
だから―――。」
言い終え、今度こそお姉さんはどこかへ行ってしまう。
そんな時、俺の名前を呼ぶ声が頭に響いた。
「…さん!大丈夫ですか!返事して下さい!」
「…う…。」
「奇跡だ!目を覚ましたぞ!」
瞼を開けると白い壁やら床やらが目に入り、白衣の人が顔を覗き込んでいた。
「いったい…これは…。」
「いいですか、あなたは家が火事に遭いその中に倒れていたんです。」
「…あ…はい。」
頭はまだぼんやりしていたが、次々に記憶が蘇る。
会社をリストラされ、詐欺にまであった俺は途方にくれて家に火を…。
「救急隊があなたを助け出した時には心配停止状態で、皆が絶望的だと思っていたのですがあなたの心臓は突然再鼓動し、呼吸も整った。
まさに奇跡としか言いようが無いじゃないですか!」
説明してくれた医師は興奮気味でぼんやりした頭には正直辛かった。でもこんなに自分の事で喜んで貰えるのはいつ以来だろうか。
そんな事を考えていると、俺の頬をビンタが襲った。
「あんたって子は…!心配したんだから!」
「母さん…。」
「何でこんな事したんだ!お前に何かあったら俺は…。」
「…ごめん…父さん、母さん。」
「…実はお前に話したいことがあるんだ。もう少し落ち着いたら話そう。」
「う、うん。」
しばらくして、一旦家に帰った父さん達は人が居なくなったのを見計らいポツリと話し始めた。
「ずっと内緒にしとこうかとも思ったんだ。それがお前にとって幸せなのかもしれないって思ってな。」
「でも、このまま隠し続けるのも良くないって、あんたも大人になったから近い内に話そうってお父さんと決めてたの。」
「それで、一体何の話なの?」
俺は一冊のアルバムを手渡された。
「開けてみろ。」
アルバムには写真がびっしり貼ってあり、見知らぬ男性とどこか見覚えのある女性が笑って写っている。
「その人達はお前の本当の親だ。」
そう言われて思い出した。というか、なぜ見た瞬間に気がつかなかったのだろう。この女性は風船売りのお姉さんにそっくりなのだ。
「そうか、そうだったのか…。」
「その女の人の方は私の妹でお前を産んだときに死んでしまったの。」
「父親はお前が産まれるちょっと前に交通事故で亡くなっていたし、このままじゃ孤児院行きになるお前を放っておけなくてな。
養子として引き取ったんだ。」
「お前は妹の命と引き換えに、この世に産まれて来たの。…だから、命を粗末にしないで頂戴!
私、妹と合わす顔が無いじゃない…。今日も元気にしてるから心配しないでって、言えなくなるじゃない…。」
俺は1つお願いをした。
「ちょっと外に出たいんだ。屋上に行っても良いかな。」
「…。」
「妙な真似はしないよ。もう、二度と絶対に。ただ、空を見るだけだから。」
病室を出て階段を上ると、そこには雲一つない青空がどこまでも続いていた。
風船の青によく似た色に、俺はお姉さんの言葉を思い出す。
『だから沢山笑って、精一杯生きて。
絶対幸せになってね。』
澄み切った青空に俺は誓った。
沢山笑い、精一杯生きて、そして絶対幸せになる。
もう、俺は風船を無くしたりしないだろう。
そしていつか、俺が風船をあの人のみたいに配れるようになりたいと思った。
読んでいただきありがとうございます。
ハッピーエンドなんて慣れない事をしようとすると疲れますね…。
でも実はハッピーエンド大好きなんです。
では、またいつかどこかで。




