8.第二回実力テスト「迷宮」(2/4)
……俺は、身体が固まってしまった。
(な、なんで?直樹はミノタウロスは三階にいるって……)
混乱のあまり、俺は逆に放心してしまった。
ミノタウロスの黒々とした毛並みがはっきりと見えるほどに、俺はその場で立ちすくんでしまった。
「藤山!早く!」
谷口からの声かけで、俺は我に返った。
そして、みんなと共に走って逃げた。
ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ!
だが、そんな俺たちを捕まえようと、ミノタウロスはこっちに向かってきていた。
ヴーーー!という地鳴りのような鳴き声をあげながら、その巨体に似つかわしくない速さで走っていた。
「うわあああ!!こ、こっちに来るーーー!」
「いやあ!いやあーーーー!!」
みんなの甲高い悲鳴が、廊下いっぱいに響いた。
(くそ!いよいよやるしか……!)
俺は右隣で並走している谷口に声をかけた。
「谷口!タブレットを頼む!」
「え!?」
「俺の代わりに持っておいてくれ!」
「まさか、本当に囮になる気!?」
「これでみんなを安全な場所に誘導するんだ!頼んだぞ!?」
「でも……!」
「早く!受け取ってくれ!」
「………………」
谷口は顔をしかめて、しばらく逡巡していた。
「優太郎、そのタブレットはお前が持っときな」
気がつくと、俺の左隣には海斗がいた。
「囮は、俺がやる。優太郎はそのままみんなを誘導しろ」
「海斗!?」
「いいんだよ、お前にはリンゴの時の貸しがある。それを、今返すだけだ」
「………………」
「それに、お前は足が遅いからなあ~?囮なら、陸上部の俺の方が役に立つぜ?」
海斗は軽口を叩き、冷や汗を垂らしながらニッと笑った。
そうして、海斗はその場で立ち止まり、迫り来るミノタウロスと対峙した。
「ヴオオオオッ!!」
ミノタウロスが斧を持ち上げ、海斗めがけて振り下ろした。
その瞬間、海斗はミノタウロスの股の下をスライディングして回避した。
があんっ!!
斧は床に突き刺さり、大きく亀裂を入れた。
「海斗!」
「早く行け!俺は大丈夫だ!」
「……っ!絶対、死ぬんじゃねえぞ!」
そうして、俺は海斗とミノタウロスに背を向けて、遠くへと走っていった。
……それなりに距離を離した辺りで、俺たちは息を切らして立ち止まった。
「は、話が違うじゃんか!な、なんでミノタウロスがあんなところにいるんだよ!?」
吉田くんが俺を責めるように叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。直樹に……連絡してみる」
俺は額の汗を拭いながら、タブレットで直樹と通話した。
「直樹、聞こえるか?さっき理科室の前の倉庫から……ミノタウロスが出てきた」
『え!?いや、それはおかしいよ!今も三階にいるはずなのに!』
「地図を読み違えたわけじゃ……ないんだよな?」
『もちろんだよ!地図には部屋の名前までふられてる!理科室の周りには、絶対何もいないはずなんだ!』
「………………」
大丈夫だ、落ち着け俺。メタ的に考えろ。
これは、よい子テストだ。俺たちが極限まで追い詰められた時に、どうするかを測ってやがるんだ。
あの直樹が嘘をつくとは考えにくい。ということは、タブレットの情報が間違っている可能性がある。
例えば、地図に表示されている赤い丸は、全くミノタウロスとは関係なくて、実際の動きとは連動していない……とか。
いや、それだと今まで回避できてたのはおかしい。やっぱり、ある程度は連動しているはずなんだ。
なら、現在地とのタイムラグが生じてて、数秒の誤差があるのか……?
(……制限時間は、残り29分。どうにかしないとな)
「な、なあおい、藤山」
吉田くんが不安げな顔で俺に訊いた。
「そ、その電話で、浅倉と話してるんだよな?」
浅倉とは、直樹のことだった。
「ああ、そうだよ。直樹がミノタウロスの位置を教えてくれてんだ」
「………………」
「?どうしたんだ?吉田くん」
「そ、それ、本当に……浅倉なのか?」
「!」
「だ、だって考えてみてくれよ。本当に浅倉なら、どうしてミノタウロスの位置を間違うんだ?」
「………………」
「通話してる相手が、浅倉のフリをしたやつだったら……?お、俺たちは、わざわざ危険な目に遭わされるだけじゃないか!」
彼は話し進めるごとに、興奮で声が震えだした。
「ま、待てよ吉田くん、落ち着いて。相手はちゃんと直樹だ、間違いないよ」
「ど、どうしてそう言い切れる!?ビデオ通話もなくて、ただ音声だけなんだろ!?そんなの、いくらでも加工し放題じゃんか!」
「………………」
「藤山、お前が一緒なら安全って言ったから、俺たちついて来たんだぞ!?」
ま、まずい。この流れはよくない。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてくれって」
「も、もしかして、お前は天使側なんじゃないか!?」
「!」
「俺たちを殺すために、わざと連れ出したんじゃないか!?」
吉田くんの言葉を皮切りに、周りの人たちも俺を疑心暗鬼の目で見るようになった。
「結局、囮も海斗がやって、お前は何もしてない!きっと、海斗をミノタウロスの犠牲にしたんだ!」
「ま、待てよみんな!俺はそんなことしない!」
「天使たちから命令されて、俺たちを強制的にテストに参加させてるんだろ!?そうしたら、きっとお前の点数が増える仕組みになってるんだ!」
「!」
「前回のテストで、お前だけトゥルークリアなのもおかしいと思ってたんだ!きっと、天使からクリアの条件を聞いてたんだ!」
「違う!俺はみんなのために……みんなを、助けたくて……!」
みんなの目が、不安から怒りへと変わっていた。
心の中にある不満や恐怖を、俺へぶつけているんだ。
「私たち、藤山くんを信じてたんだよ!?それなのに酷い!」
「お前なんか、ミノタウロスにやられればいいんだ!」
「そうだ!藤山をミノタウロスの犠牲にすればいい!そうしたら、俺たちは逃げられる!」
「海斗を犠牲にしやがって!報いを受けろ!」
仲間だったはずのみんなが、俺に向かって罵詈雑言を浴びせていった。
彼らの頭上の点数が、少しずつ減っていった。
「み、みんな!言葉に気を付けろ!悪口を言うと減点されるぞ!」
「どの口が言うんだ!海斗を犠牲にしたくせに!」
「違うんだ!俺は……俺は……!」
くそっ、情けない。涙で視界が滲んでくる。こんなことしてる場合じゃないのに……!
確かに吉田くんの言うとおり、電話の相手が直樹じゃない可能性もある。だが、このテストをクリアしないと、直樹が死ぬのは間違いないんだ!
海斗も、今俺たちのために囮になってくれているのに、こんなところで俺たちがつまずいてたら、海斗だって危ない!
(頼む、頼むから、どうか俺を信じてくれ……!)
そうして、俺は神に祈るように、目をぎゅっと閉じた。
「……な、なんだよお前」
その時、吉田くんたちの声色が変わった。
何事かと思って薄く目を開けると、俺と吉田くんたちの間に、誰かが立っていた。
谷口 さやかだった。
「た、谷口……」
「………………」
谷口は、一瞬だけ俺の方へ目をやってから、吉田くんたちにこう言った。
「藤山は……最初、本当に囮になろうとしてた」
「え?」
「私にタブレットを託そうとしてたから、知ってる」
「………………」
「それに、最初のテストで藤山がトゥルークリアになったのは……私を、助けてくれたから」
谷口はみんなの顔を見渡して、こう告げた。
「みんなはどうか知らない。でも私は、藤山を信じてる」
「「………………」」
思わぬ人物からの援護に、吉田くんたちは面食らっていた。
俺はただ何も言えず、谷口の背中を見つめていた。
『優太郎くん!』
タブレット端末に、直樹からの連絡が入った。
『今、三階にいたミノタウロスが、二階に向かってる!そっちと鉢合わせするかもしれない!』
「!間違いないか!?」
『うん!このタブレットの情報が当てにならないのは分かるけど、念のため距離を取った方がいい!』
「……ああ、分かった。ありがとよ直樹」
俺は少し気持ちを落ち着かせてから、考えを整理した。
(この電話の相手が本当の直樹かどうか、それは調べようがない。だから、一旦そこは置いておく)
重要なのは、直樹から教えられるミノタウロスの位置が本当なのかどうかだ。それが正しければ、直樹たちを助けられる。
「みんな、聞いてくれ。どうやら今、三階にいたミノタウロスが、二階へ向かってるみたいだ」
「!」
「この情報が本当かどうか、俺は今一度調べたい。だから、俺がそのミノタウロスの居場所を確認してくる。もしそれが、直樹の教えてくる情報と一致してたら、正しい情報だと判断できるだろ?」
「「………………」」
みんなは、各々と顔を見合わせていた。
「直樹、今ミノタウロスはどこにいる?」
『もう階段を降りてるよ!みんな気をつけて!』
「了解。みんな、ここから離れてて。俺は階段を確認してくる」
そうして俺は、タブレットを持って、ミノタウロスが降りてくる階段へと近づき、角に隠れて待っていた。
ズシン、ズシン、ズシン……
ミノタウロスの足音が、ゆっくりと降りてくるのが聞こえる。
そして、大きな身体を揺らしながら、二階へと降りた。
「直樹、今ミノタウロスはどうだ?」
『もう二階へ到着したよ!も、もしかして、ミノタウロスのすぐ近くにいるのは、優太郎くん?』
「!そうか、そっちでは俺の居場所も分かるんだったな」
『危険だよ!みんなと合流して!』
「ああ」
俺はゆっくりと音を立てないようにしながら、その場から逃げた。
(直樹の情報はちゃんと正確だ。ミノタウロスの位置も俺の位置も把握してる)
ということは、やっぱりさっきのは誤差が生じてて、二階にいるはずなのに三階だと表示されてたのか?
「!」
いや、待てよ。さっきのミノタウロス、海斗を追いかけてなかったぞ。
海斗は今、どこかに隠れてるのか?それとも、もうミノタウロスに……。
「な、なあ直樹、海斗の位置って分かるか?」
『海斗くんの位置?』
「海斗は、俺らを逃がすために囮になったんだよ。だから、はぐれているはずだ」
『えーと……あ、一階に一人いるね。これ、もしかして海斗くんかな?』
「!」
『凄い速さで動いてる。走ってるのかな?』
「………………」
これは、変だ。
二階には、間違いなくミノタウロスがいる。それは俺がこの目で確かめたし、直樹の端末にも表示されている。
なのに、海斗はまだ追われるように、一階で走ってる。
ということは、つまり……。
「───!」
俺はこの瞬間、閃光に打たれたように、全ての謎が解けた。
「分かったぞ!直樹!」
『え?』
「直樹の情報は間違ってない!でも、“足りなかった”んだ!」
『ど、どういうこと?優太郎くん』
俺は仲間の元へ走りながら、直樹へ叫んだ。
「ミノタウロスは、二体いる!」
「直樹の端末で位置が分かるやつと、分からないやつがいるんだ!海斗が追いかけられてるのは、その分からないやつの方だ!」
『!そうか、それでさっき、みんなは鉢合わせたんだね!』
「やっと分かったぜ!このテストの全貌が!」
俺は拳をぎゅっと握り締めて、ガッツポーズを取った。
見てろよ、天使ども。ここからが俺たちの反撃だ!




