21.追悼
翌日の、2026年11月4日、水曜日。
この日は、悲しいニュースを聞くことから1日が始まった。
「ふぁっ、おはよー」
俺があくびをしながら教室へ入ると、クラスメイトの女の子が泣いているのを見かけた。
「ううっ、うううっ!ああああうっ!」
彼女は机に突っ伏して、肩を震わせていた。
その周りには、彼女を慰めるために数人の女の子たちが囲んでいた。
「どうしたんだ?」
その取り巻きたちに話しかけてみると、彼女たちは眉をひそめてこう答えた。
「この子の友だちがね……昨日、亡くなったの」
「え?」
「二年四組の子なんだけど、もうよい子テストに耐え切れなくなっちゃったみたいで……」
「……つまりそれは、点数が減点されたわけじゃなくて、自分から……?」
彼女たちは、こくりと頷いた。
「………………」
俺はなんともいたたまれない気持ちにかられて、仕方なかった。
昨日俺たちは、六人で遊んでいた。
当然、俺たちだって危険なテストを受けた。それを乗り越えた上で、みんなと大切な時間を過ごしたんだ。
なのに、今の俺には言い様のない罪悪感が湧き出ていた。
自ら命を絶ってしまうほど追い詰められている人たちがいたのに、俺はその時……悠々と笑っていた。
どうしようもないことだけど、それでも考えずにはいられなかった。
「藤山」
背後から、谷口が声をかけてきた。
「どうしたのよ?何があったの?」
「……ん、ちょっとこっち来てくれ」
俺は当事者たちから少し離れ、教室の隅に谷口と移動した。そして事の顛末を簡単に話した。
谷口は「そう……」と言って顔を伏せた。
「正直、亡くなったその子の気持ちは……よく分かるわ。こんなの、正気じゃいられないもの」
「……ああ、俺もそう思う」
「私たちは……どうしたらいいのかしら?」
「………………」
俺は谷口の言葉に何も答えられず、窓の方に視線を向けた。
朝焼けの日差しが、ぼんやりと差し込んでいた。
……たくさんの人間が死んでいるのに、学校は相変わらず変わらない。
授業は当然あるし、来月の文化祭の準備もしなくちゃいけない。
「えーと、文化祭の出し物についてですが……みなさん、何か候補はありますか?」
文化委員の浜田さんが、黒板の前に立ってクラスメイトたちに尋ねる。
しかし、返答はひとつもなかった。みんな疲れきっており、やつれていたり、目にクマができていたりしていた。
(昨日あった実力テストで、友だちを犠牲に生き残った人たちもいたかもしれない。とても文化祭の話なんかできる状態じゃねえや……)
海斗や直樹に目をやると、二人も場の空気を読んだのか、顔を曇らせていた。
「ふ、藤山くん、どうしたらいいかな……?」
いつの間にか、俺の机の前に浜田さんが立っていた。
「え?お、俺?」
「ねえ、何か、いい方法ない……?」
「………………」
ぶっちゃけ、俺もどうしたらいいのか分からないし、そんなこと聞かれても困るのが本音なのだが、彼女の懇願するような瞳に負けて、おずおずと席を立った。
「んーと、まあ……そうだな」
俺は頭を掻きながら、教卓の前に立った。
「……なあ、みんな。一旦俺の話を聞いてくれるか?」
クラスメイトたちは、黙って俺へ視線を向けた。
正直言うと、俺も文化祭なんてやる気分じゃない。しんどいことが続くし、心が擦り減るのも分かる。
だが、この文化祭をちゃんとやらないと、不真面目だと判断されて、減点対象になるかもしれない。そういう意味でも、ちゃんと取り組まないといけないんだろうが……。
(個人的には、減点されないように頑張ろうとは言いたくない。みんな、よい子テストには辟易してるんだ。そんな正論言われたって、心は動かない……)
なら、俺が言うべき言葉は……。
「……俺さ、この際だからはっきり言うけど、このよい子テストに心底ムカついてんだよな」
「「………………」」
「四六時中ずっと監視されて、ちょっとでもはみ出したら減点されて、下手すると殺される……。こんなの、たまったもんじゃない。減点されるから過激なことは言えねえけど、本当はボロクソに罵倒したい」
「「………………」」
「そんな想いが、ずーっと腹ん中で燃えてるんだ。このよい子テストを絶対に肯定するもんか、こんなテストなんかに俺の人間性を壊されてたまるかって、そう心に誓って生きてる」
俺は、クラスメイト一人ひとりの目を見た。
一人対数十人なのではなく、一人対一人を何度も繰り返すように話した。
「だからこそ、俺は楽しいことをしたい」
「「………………」」
「よい子テストがあろうがなかろうが、知ったことかよ。俺はそんなもんあっても楽しく生きてやらあ」
「藤山くん……」
「だからみんな。この文化祭、楽しんでみないか?あいつら天使への、反抗も込めてよ」
「「………………」」
クラスメイトたちは、周りの人と目を合わせて、互いの気持ちを伺っていた。
「なあ、藤山」
そんな中、一人の男子が手を上げた。中西くんという人だった。
「言いたいことはよく分かる。俺だってお前みたいな考え方をしたい。でも……どうしても、そんな気持ちになれねえんだ」
「………………」
「俺たちが楽しいことしてるとさ、死んでった奴らに申し訳ないんだよ。どうしてもみんなの顔が……ちらつくんだ。夢に出てうなされたこともある」
「………………」
中西くんの言葉を聞いて、クラスメイトたちはうつむいた。
俺もしばらく言葉を迷いながら、ゆっくりと口を開いた。
「……俺も、その気持ちはよく分かる。それこそつい昨日、俺は友だちと遊んだ。めちゃくちゃ楽しかったけど、中西くんと同じ罪悪感も……消すことはできない」
「………………」
「でも、こう……なんかさ、みんなで遊んでいる時に、俺……思ったんだよ」
「………………」
「俺……俺、さ」
口が、小刻みに震えていた。
視界が、じんわりと滲んでいた。
「俺、みんなのことが……好きなんだよな」
それを言葉にした途端、堰を切ったように涙が溢れた。
それはぽたぽたと、教卓の上へ落ちていった。
「もう、それ以上なんにもなくていいんだ。ただ一緒にいられるだけで、十分なんだ……」
「………………」
「だから、俺……好きなみんなといられる時間を、大事にしたいんだよ。テストへの反発心もあるけど、一番はこれなんだ……」
俺はその場で、必死になって涙を拭った。でも、どんどんと溢れる涙を止めることはできなかった。
「………………」
周りのみんなも、俺と同じように、静かに泣いていた。目を擦ったり、鼻をすすったりしていた。
それはきっと、俺につられた涙ではない。一人ひとりの中に、大事な人の顔が浮かんでいるんだ。
その人の面影を見て、泣いているんだ。
「………………」
嗚咽をあげる人はいなかった。みんな何かを堪えるように、口を固く閉ざしていた。
それは、死んでいったみんなへの、追悼の意味もあったのかもしれない。




