戦地から届いた紙飛行機
ミ~ン ミンミンミン、ミ~~~~……ジジジジ……
「あ~暑い暑い!」
白い雲が巨人のようにもくもくと伸び上がる青い空の下でセミがけたたましく鳴く中、風鈴が夏の風に吹かれて鳴るチリンチリーンという音だけが、わずかに涼しさを届けてくれる。
もうすぐお盆がやってくる。
いつもはその前にやっていた、おじいちゃん家の夏の大掃除。今年はいつもと違い、少し早目に取りかかることになった。
「おじいちゃん、来たよー」
扉を開けて、いつものように声をかける。けど、返事はない。
「そう、だよね………」
先日おじいちゃんが亡くなってしまったこの家には、もう誰も住んでいない。だから大掃除というよりは、今日は「いるもの」「いらないもの」を分ける作業がメインだ。
「ひまり、そっちはよろしくね」
「はぁーい」
私の担当は、おじいちゃんの机の整理になった。おじいちゃんは私をいっぱい可愛がってくれた。それこそ、お母さんが「私には厳しかったのに!」って、ちょっとすねるくらい。私も、そんなおじいちゃんが大好きだった。
おじいちゃんが書斎として使っていた部屋に入ると、少しだけまだおじいちゃんの匂いがした。
「おじいちゃん、久しぶり。机、開けるね」
私は机に手を合わせてから引き出しの取手をつかんだ。古ぼけた木製の机の引き出しはすべりが悪い。
「よっ、う~ん、こっち側にひっかかってるのか……よいしょっ」
こげ茶色の引き出しは、ガタガタとひっかかりながら、ようやく開いてくれた。
一段目は文鎮や筆記用具が入っていた。
シャーペンなどは入っていなくて、きれいに削られた鉛筆が方向を揃えてきれいに並べられている。いかにも几帳面なおじいちゃんらしい。
二段目は写真のたば。
色あせてしまっていたけれど、おばあちゃんやお友達とツアー旅行に出かけている時の様子が写っていた。「いかにも昔」な、きっちりと気を付けをして並んで写ってる写真を見ると、笑ってしまう。ちょっとすました顔だったり、笑顔だったりして、生きていたころのおじいちゃんの様子を思いだす。
三段目はハガキや封筒の手紙たち。
私はメールやメッセばっかで、ほとんど手紙なんか出したことがないけど、おじいちゃんたちはこんなに手紙のやり取りしていたんだってびっくりするくらいの量があった。
「あれ?この箱、なんだろう?」
その手紙を引っ張り出すと、奥の方に木製の古い箱があった。
そこには入っていたのは、1通の封筒と古い紙飛行機。切手は貼られてなくて、赤いスタンプが押してある。
「このスタンプ、なんて書いてるの?軍事……郵便?」
あて先は、おじいちゃんの名前とひいおばあちゃんの名前。けど、差出人の名前は知らない名前。
でも多分……
「ねえ、お母さん?これがおじいちゃんの引き出しに入っていたんだけど、もしかしてひいおじいちゃんから?」
「どれ?」
「これはね、あなたのひいおじいさんが、戦地から送ってきた手紙のようね」
「何が書いてあるの?」
「ちょっと待ってね・・・」
ヒナコ トシミツ
ゲンキデスカ トウサンハ イマ オクニノタメニ セイイッパイガンバツテイマス
ミナモ チカラヲアワセテ ガンバツテクダサイ
オトウサンハ ヒコウキノリ ナノデ コノセンソウニカツテ ミナヲ ヒコウキニノセテ トベルヒヲ タノシミニシテイマス
「えー?ひいおじいちゃん、飛行機のパイロットだったんだ!すごいなあ」
「そうみたいね。お母さんはあんまりその辺りの事を聞いた事なかったんだけど……」
「あれ?そうなんだ」
「ええ。戦時中の事はあまり話したがらなかったわね」
「ふーん……あ、この封筒、ここ開いちゃってるね」
「本当ね。古いからはがれちゃったのかしらね」
私が見つけたのは、封筒の裏の合わせめのところ。でもよくよく見たら、その場所に、何かが薄っすらと書いてあるように見えた。
「ねえ、お母さん?何か書いてない?」
「えーと……トシミツヲ ヨロシク チラン……え?知覧!?」
「お母さん?どうしたの?」
お母さんの手が、少し震えている。
私は少し心配になって、自分の手をぎゅっと握りしめた。
「………そう、そうなのね。だからお父さんは……」
「どういう事?」
「知覧はね、鹿児島の飛行機の基地だったの。………特攻隊の、ね」
「特攻隊?特攻隊って、あの?」
特攻隊のことは、私も学校で習って、少しだけ知っている。でも、どこか遠い所のお話としか受け取ってなかった。それが今、目の前にある。そう思うと、どこか遠いところからプロペラの音が聞こえるような気がした。
「でも、なんでこんなとこに文字が?」
「きっと検閲を逃れるため、でしょうね」
「何それ?」
「この時期は、手紙の中身も見られて、軍の都合の悪いとこや弱々しい言葉は黒塗りされたり、場合によっては捨てられたりもしたのよ」
「そんな……!でも、だからなのね」
「そう。きっと、帰れないって知っていたんでしょうね、ひいおじいさんは。だから、紙飛行機を……」
私とお母さんは、引き出しの中の写真を広げて見てみた。そうしたら、やっぱりあった。
「おじいちゃん、会いに行ったんだね」
「そうね。私達も今度行かないとね」
その写真には、知覧の特攻隊記念館の前で、少し淋しそうに笑っているおじいちゃんが写っていた。
私はおじいちゃんの写真を御仏壇に立ててから、折りたたまれた翼を慎重に広げた。
もしかしたら何十年もそのままだったかもしれないそれは、カサカサと乾いた音を立てて、飛行機になった。
数秒間目をつぶって、おじいちゃんと、ひいおばあちゃんと、ひいおじいちゃんの姿を思い浮かべる。それから続き間に向かってそうっと投げてみた。
古びた紙飛行機は、一度ふわりと浮かび上がった後、部屋の中をすべるように飛び、ぱさりと着地した。私は紙飛行機を拾って御仏壇に置き、手を合わせた。
おじいちゃんへ。
元気にしてますか?
天国でお父さんとお母さんと家族三人で、今度こそ仲良く空を飛んでいること、願ってるね。
チリーン。
ゆっくりと目を開けた瞬間、窓から吹き込んだ夏風が風鈴を鳴らす。
お線香の煙がゆらりとたなびき、紙飛行機の翼がそっと揺れた。




