第1話 やる事はやった
『優斗は凄い人だから……やれば出来るって、信じてる』
脳裏に、白雪の言葉が思い出された。
高校受験に落ちて、自室で布団に包まる俺に向けて放った言葉だ。
俺はそれに対して、何と言ったのだったか。
『……近付くな! 何がやれば出来るだ! そんな言葉で元気になる奴は居ねぇんだよ!』
そんな風な事を口走った気がする。
ベッドをドンドン叩く俺に白雪は近付き、手を伸ばして――。
パシッ。
俺はその手を思いっきりはねのけた。
『あ……』
白雪の華奢で真っ白な手は、俺の力で赤くなり。
白雪は悲しそうな声だけを残して、俺の部屋を出ていった。
俺はその後、後悔と罪悪感、申し訳無さで泣いた。
あの時は、ただ泣く事しか出来なかった。
申し訳無さから再び顔を会わせる事も出来なかった。
今はもう、そんな事で逃げない。
あの時の事で文句を言われても、受験の失敗に関して笑われたっていい。
――今はただ。
マンションのエントランスを抜けて、走った。
階段を駆け下りただけで、俺は少し疲れてしまっている。
それでも、走った。
久々に見る町の景色に感慨を抱く事も無く、ただひたすらに走った。
時折路地裏を気にして、モンスターが居ないか確認しつつ。
今の所、異変に気付いている人は居ない。
町は普段通りで、むしろ俺がおかしいんじゃないか、とも思う。
それでも、走る。
白雪の高校は俺も体験入学で見に行った所なので、場所は覚えている。
俺のレベルには合わず断念したが――白雪と一緒に行った道だ。忘れる筈が無い。
走る。
小石に躓いて転びかけた。
走る。
散歩中の犬に吠えられた。
走る。
赤信号が目に入らず飛び出してしまい、車にクラクションを鳴らされた。
走る。
息が詰まる。
引きこもりをしていた影響か、もう息が上がらない。
それでも、走る。
息が荒い。
喉が痛い。
水が欲しい。
休みたい。
でも、走り続ける。
高校までの道筋の、3分の2を走ったぐらいだろうか。
突然眼前に、ステータス窓と似たような表示が現れた。
〈規定の必要経験値に到達しました。〉
〈レベルがアップしました。〉
〈レベルが2に到達しました。スキルポイントが3ポイント与えられます。〉
「あ……?」
酷使した喉からは、そんな声しか出ない。
レベルアップ……?
走っただけなのに……?
時間が惜しいが、一度足を止め、「ステータス」と呟いた。
────────────────────
〈基礎情報〉
・篠宮 優斗 職業:国民
レベル:2 SP:3
〈ステータス〉
STR:2
AGI:2
DEX:2
VIT:2
INT:2
MND:2
LUK:2
〈スキル〉
無し
────────────────────
全ステータスが1ずつ上がっている。
必要経験値とやらが表記されていないから、具体的な数値は分からないが、レベル1から2への上昇は意外と簡単なのかもしれない。
ていうか、今更だけど、職業が国民ってなんだ……引きこもりを馬鹿にしてんのか。
いや、そんな事を言っている場合では無い。
息を整えている間に、スキルポイントとやらの使い道を探ってみよう。
ステータス窓の横にある、スキルという欄をタップしてみる。
そこにはいくつかのスキルが並んでおり、その中で俺の目を引いたのは――。
「『基礎体力向上』……?」
更にタップすると、詳細表示と共に、スキルを取得するか否かを問われた。
説明は、『ステータスに依存しない面での基礎体力を向上させる』と書かれている。
説明通りステータスの向上は無いが……引きこもりで体力の少ない俺には合っているかもしれない。
必要スキルポイントも丁度3だし、これを取得する事に決めた。
取得ボタンをタップすると、ステータス窓のスキル欄に『基礎体力向上 Lv.1』と追記された。
「……よし」
息も若干整ってきた。
ステータス窓を閉じた俺は、再び高校に向けて走り始めた。
――凄い。
取得した『基礎体力向上』スキルはレベル1だが、効果はハッキリと実感出来た。
少ししか休憩していないのに、家を出た時よりも長く走れる様な気がする。レベルアップによる影響もあるのかもしれない。
ともかく。
ようやく、高校が見えてきた。
遠目に見える校門は、きちんと封鎖されていて――。
「キャーッ!!」
悲鳴が響いた。高校の方からだ。
その悲鳴が聞こえた途端、俺の体は無意識の内に加速した。
上昇したAGI値の影響か、普段の俺よりも速いスピードで校門に辿り着いた。それでも、運動部の高校生ぐらいのスピードでしか無いのだが。
俺は周囲の目も気にせず、校門をよじ登った。
少し前までなら、躊躇う気持ちがあったかもしれない。
しかし、先程の悲鳴が俺の体を突き動かした。普通の日常であれば、あんな切羽詰まった悲鳴は聞こえない筈だ。やはり今は、異常事態なのだ。
校門を乗り越えた俺は、先程の悲鳴が聞こえた方向――恐らくグラウンド――に向かって走った。
角を曲がり、グラウンドが目に入る――。
真っ先に見えたのは、緑色の肌を持つ怪物が二体――ゴブリンだ。
そして、それらを見て恐怖の表情を浮かべている生徒達。教師は何故か居ない。
俺の目は、その生徒達の先頭の方に、シルバーブロンドの髪を持つ者が居た事を、ハッキリと捉えた。
その瞬間、俺は鞄から包丁を取り出し、鞄を放り出して駆け出した。
少し離れたグラウンドの中央部で、ほぼ同時に動き出す生徒が。
茶髪っぽい男子だ。ゴブリンを演劇か何かの小道具だと思っているのだろう。あまりのリアルさに恐れの表情を浮かべつつも、興味津々と言った様子で手を伸ばし――。
「うっ、ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「「「「キャーッ!!!!」」」」」
ゴブリンは手に持っていた棍棒を振り抜き、手を伸ばした茶髪男子の顔面を殴打した。
噴き出す鮮血に悲鳴が上がり、生徒達は後退る。
俺は走った。先程までの疾走で少し疲れているが、それでも走った。
ゴブリンは手元の棍棒を弄りながら、倒れた茶髪男子を踏んで前に出た。
生徒達は更に後退るが――何人か、恐怖のあまりか動けない生徒が居た。その中には――白雪も混ざっていた。
それを見た途端、俺は更に速度を上げた。まだ自分の体に余力が残っている事が不思議なくらいだった。
もう一匹のゴブリンも前に出る。
先に前に出ていたゴブリンは棍棒を構え――。
「ッ!」
俺は左手に持っていた一丁の包丁を、思いっ切り投擲した。
野球をやっていたとか、そんな経験は一切無い。当たる自信も、根拠も無い。
しかし、上昇したDEX値のお陰か。包丁は俺の狙い通り、ゴブリンの顔面に着弾した。
もう一匹のゴブリンは、血を噴き出して倒れた相方を一瞥すると、続いてこちらに走ってくる俺を見た。
ゴブリン達との距離も、もう三メートル程まで近付いた。
俺はそこで疾走を中断し、右手に持つ包丁を構えた。
構えなど知らない。
剣道や柔道の嗜みも無い。
それでも。
やらなきゃいけないんだ、という気概だけが、俺の背中を押していた。
ゴブリンは、棍棒を構えると、一歩を踏み出しそれを振った。見た目に似合わぬ、素早い一撃。
横振りのそれを、俺は間一髪の所で屈んで回避した。心臓がバクバク鳴る。恐怖で手が震える。
当たれば、死ぬ。
ゴブリンの突き出された腕を、包丁で切りつける。しかし、浅い。腰が入っていなかったか?
視界の端で、恐慌状態になったのか逃げだした生徒が何人か見えた。
それを意識から追いやり、目の前のゴブリンにのみ集中する。
ゴブリンはもう一度棍棒を構え直し、再度横振り。
俺は今度もその一撃を屈んで避ける。
反撃をもう一発。またも浅い。恐怖で手が上手く動かないのか?
「ギギィ……」
ゴブリンは攻撃が上手く当たらない事に苛立ったのか、唸り声を上げた。
威嚇した訳でも無いだろうが、その恐ろしい鳴き声は、俺に原始的な恐怖を呼び起こさせた。
「ひっ」
情けない声が出る。
一瞬体が竦んだ。
ゴブリンはその隙を見逃さず、攻撃を繰り出す。
俺は反射的に屈んだ。
「――あ」
繰り出されたのは、横振りでなく縦振りだった。
――まずい。
死の恐怖からだろうか。
思考が加速されていく。目の前の棍棒がスローモーションで見える。
棍棒がどんどん近付いてきて――。
ズサッ。
目の前のゴブリンの姿勢が崩れた。
よく見ると、奴の足元には、倒れている茶髪男子生徒とゴブリンが居た。
偶然の内に、俺はアイツを誘導していたのだ。
女神は俺に微笑んだ。
ゴブリンはそのまま地面に倒れ伏した。
俺は恐怖心を押し殺し、ゴブリンの上に馬乗りになった。
足で棍棒を蹴っ飛ばし、胸に包丁を突き立てる。
「ギィーッ!」
心臓を突き刺したと思ったが、ゴブリンは大きな悲鳴を上げるだけだ。生物の解体をやった事が無い奴が、一撃で心臓を――なんて無理な話だ。当然。
胸から包丁を引き抜き、また突き刺す。
引き抜き、突き刺す。
繰り返す。
ゴブリンは手を振りながら抵抗しようとするが、俺の体重と傷だらけの胸が影響して、上手く抵抗出来ない様だ。
「ハァッ……ハァッ……!」
息も絶え絶えになりながら、ひたすらに突き刺す。
「――あっ」
血で手が滑り、包丁が上手く引き抜けない。
俺は近くに転がっていた棍棒を掴み、思いっ切りゴブリンの顔面に叩き付けた。
鈍い音と感触が伝わってくる。
殴る。
殴る。
殴る。
いつしか、ゴブリンの悲鳴は聞こえなくなっていた。
「はぁ……はぁ……」
浅い呼吸を繰り返しながら立ち上がり、念の為気絶しているもう一匹のゴブリンの顔面も殴打する。
何度かそれを繰り返すと、体力が尽きた俺は、半ば倒れる様にして地面に座った。
俺の手から転げ落ちた棍棒の落下音で我に返ったのか、手で口を押さえて突っ立っていた生徒達は、悲鳴を上げながら逃げ始めた。
ごく一部を除いて。
「……っ!」
無言でシルバーブロンドの髪を揺らして駆けてきた彼女は、返り血塗れの俺に抱き着いてきた。
血だらけの俺の胸に顔を埋め、すすり泣く声が聞こえてきた。
……取り敢えず、やる事はやったか。
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