第0話 夢じゃないよな?
カタカタ、カタカタ、とキーボードを操作する音だけが、薄暗い部屋に響く。
マウスを動かして開かれているウィンドウを閉じ、モニターの電源を落とす。
カーテンをほんの少しだけ開けると、眩しい陽光が差し込んでくる。
光に「うっ」と呻きつつ、ベッド脇に置いてあるスマホを手に取る。
「もう朝か……」
表示されている『06:52』という時刻を見て、俺――篠宮優斗は呟いた。
普通の人間であれば、もう学校へ行く準備を始めるか家を出ている所だが、俺はそうでは無い。
俺は引きこもりなのだ。学校などという場所へ行く必要は無い。
そもそも俺が何故引きこもりになったのか?
そんな事は単純だ。あのクソジジイ共のせいだ。
俺は数か月前、公立高校受験に臨んだ。
結果発表の日、俺は自身の番号が見当たらず、涙と鼻水を垂らしながら帰路に就いた。
帰ってきた俺を待っていたのは、結果を聞いて溜め息混じりの舌打ちをする両親と、俺の泣き顔を見て嘲笑う兄だった。
両親には、呆れと失望を。
兄には、嘲弄を。
俺は塞ぎ込んだ。
幼馴染である白雪琴音だけは、言葉少なとはいえ俺を慰めてくれたが、俺はレベルの高い志望校に受かっていた彼女に嫉妬し、八つ当たりをしてしまった。
かつては美しいシルバーブロンドの髪を持つ彼女に恋心を抱いていた筈なのに、八つ当たりで手を上げてしまった負い目から、もう話す事も無くなってしまった。
きっと琴音――いや、白雪も今頃、学校へ行く為の準備をしている事だろう。
「……はぁ」
そう考えると、なんだかここで引きこもっている自分が馬鹿らしくなり、スマホのアラームを設定して横になった。
「……寝よ」
ピピピ、ピピピ……というアラーム音で、目が覚める。
寝惚け眼を擦りながら、スマホで時刻を確認する。
大体四時間程眠っていた様だ。
「腹……減ったな」
今の時間なら、もう両親も仕事に行っている筈だ。
俺はパジャマから適当な服に着替えて、洗面所で顔を洗い、カップ麺を作る事にした。
お湯を注いで蓋をし、タイマーをセットする。
待ち時間は暇だし、SNSでも見てよう。
「……ふっ」
人気漫画のコラ画像や、最近頻繁に流れてくるようになったAI動画などを見て笑いながら、鳴り響くタイマーを止めて席に座る。
ラーメンを啜りながら更にスクロールしていくと、『ゴブリン発見!』という写真付きの投稿が目に入った。
「……映画かなんかの撮影だろ」
口ではそう言いつつも、あまりのリアルさに気になり、リプライ欄を開いてみる。
『これなんて映画?』『金掛かってんな』など、まあ俺と同じ予想の返信がほとんどだ。
さして気にする事でも無い。
そう思って投稿を閉じ、また別の投稿を漁るのだが――。
「似たようなのばっかだな……」
ゴブリン以外にも、スケルトン、ゾンビ、オークなどの写真が投稿されていた。果ては、ドラゴンやヒュドラまで。
馬鹿馬鹿しい、そんなもの、架空の生き物だ。
そう思いつつも、似たような投稿は多く流れてくる。
それに、投稿者は普通の学生から会社員、インフルエンサーまで様々。スパムアカウントなどでも無く、住んでいる地域もバラバラ。映画の撮影ならば、そうはならないだろう。
……もしこれが、本当の事なら。
引きこもりの俺でも、変われるんじゃないだろうか。
ふと俺は、そう思った。
箸とスマホを置くと、俺はラノベの様に叫んだ。
「ステータス!」
本来なら何も起きない、イタい厨二病の行動――で、終わる筈だった。
しかし。
「うおっ……」
目の前に現れたのは、ゲームさながらのステータス窓だった。
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〈基礎情報〉
・篠宮 優斗 職業:国民
レベル:1 SP:0
〈ステータス〉
STR:1
AGI:1
DEX:1
VIT:1
INT:1
MND:1
LUK:1
〈スキル〉
無し
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その他にも、設定やマップなど、本当にゲームの様な表示が現れたのだ。
「なんだこれ……夢じゃないよな?」
頬をつねってみるが、感じるのは痛みだけだ。
試しにマップを開いてみると、俺の家の付近に色が付いていて、その他はグレーアウトしている。
スマホの地図アプリと比較してみると、範囲はごく僅かだが、精度は本物。
「ていうか、全ステータス1とか……皮肉か?」
引きこもり過ぎて、ステータスは雑魚ですってか……。
それとも、全員1から共通なのか……。
いや、待て、そんな事を考えている場合なのか?
このステータスが本物ならば――このSNSにアップされているモンスター達も、本物なのでは?
俺はステータス窓の右上にあったバツ印を押して画面を消すと、スマホで掲示板サイトを開いた。
こういう時に情報の回りが早いのは、こういうネットに張り付いている人達だろう。
掲示板では、『おい、やべえ、今ネットに出回ってる画像ガチかも』という投稿に対して、大勢が『嘘松乙』とレスしていた。
『路地裏で食われてる!!』という投稿も、ほんの僅かだが見られた。
俺はその投稿を見た途端、スマホをポケットに仕舞い、立ち上がった。
俺の様なネットに張り付いてこういうサイトを見ている人達は、事態が本格化したらすぐに気付くだろう。
だが、白雪の様な、普通に学校に行っている人ならば、どうだ?
事態が目の前に現実の事として現れるまで、気付かないのではないか?
俺は台所に飛び込む様にして入り、母親が主に使っている包丁を二丁程手に取った。
母親はたまに包丁を研いだりする人だったので、切れ味はそこそこ良い筈だ。
実戦経験も無い引きこもりが、モンスターに勝てるのかは分からないが……でも、俺は飛び出していた。
人生で最速で服を動きやすい物に着替え、肩掛けの鞄に包丁を入れ、家を飛び出した。
これらが全て俺の幻覚の類であれば、俺は異常者かもしれない。
でも、それでも。
異常者でもいい。
俺は白雪に詫びを入れて、あの時のお返しをしなければならない。
外の空気を吸うのも久しぶりだ。
階段を駆け下りて、陽光の眩しさに目を細めながら、数か月振りの疾走を始める。
待っていてくれ――白雪!
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