表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/9

第七話:犠牲か、契約。僕が選ぶ唯一の道

振り下ろされた大斧を目の前に、ミツギは走馬灯のように自分の過去を思い出していた。


親友のいない修学旅行。 誰もいない自分のマンション。 そして、突如として訪れた育て親との永遠の別れ。


ああ、今思えば自分の人生は大した出来事もなかったな。 せっかくあの人に救ってもらった命だったのに、こんなわけのわからない状況の中で、何もできずに死ぬのか。 せめて何か、心に残るような経験でもしとくんだったな。


そんな後悔を抱きながら、ミツギはその生涯を閉じる――はずだった。


迫る恐怖を前に、ギュッと目を閉じていたミツギ。 だが、一向に体に刃が叩きつけられる気配はなく、恐る恐る目を開いた。


そしてその目に映ったのは。 目前まで迫った斧を前に、懐中時計のような何かをかざしたビスカの姿だった。


時計からは謎の光が発せられており、その光は幾何学模様……魔法陣を構成している。 ああ、よくゲームやアニメで見かける、あれだ。


「魔法……陣?」


口からそんな言葉が漏れる。


「そうですよ、勇者様。これは神の使徒……そのごく一部のみに許される奇跡の魔法の一つ……『銀の時間アルゲントゥム・テンプス』」


状況を理解できていないミツギに対し、息も絶え絶えにビスカはそう言葉を返した。


「正直、相手の動きが早くて……少々焦りましたが……なんとか発動が間に合いましたね」


「間に合ったって、いったい何が起きてるの……」


「銀の時間は……時の停滞。つまり時間の停止です。今、この瞬間の勇者様と私を世界から切り離し、それ以外の時間は停止しています」


「時間停止って、そんなすごい魔法が使えたの!?」


「ええ……私は女神の使徒の中でも、飛び切り優秀な……方ですからね……」


そう語りながらビスカは得意げな表情を浮かべるが、それは一瞬のうちに苦悶の顔へと変わり、額には脂汗が滲んでいく。


「ビスカ、もしかしてその魔法を維持するのって、すごく大変なんじゃ……」


「ええ、普通の魔法使いなら一秒停止するだけでも……一瞬で全魔力を吸い取られて、反動で体が持たないでしょうね。しかし、まあ私は普通の魔法使いではなく、ましてや神に近い特別な部類ですので……勇者様とお別れするくらいの時間は、維持できます」


「お別れって、何言ってるの? とにかく時間が止まってるなら急いでここから離れよう。長く維持できないなら、少しでも距離を稼いで……」


「そうしたいのは……山々なのですが、あいにくとこの魔法の発動者は、その場を動くことができません」


「そんな……それじゃあ、ただの時間稼ぎにしかなって……」


「そうです、これは時間稼ぎです。だから勇者様……早くこの場から、攻撃の余波が届かない場所まで……いえ、この男がすぐには見つけられないくらい遠くに離れてください」


「な……っ!?」


「この男が言っていた通り、召喚者の命が潰えれば、召喚された者たちは元の世界へと戻されます。今回は私が女神様からの命を受けて、勇者様をこの世界へ呼びました。だから私がここで命を落とせば……勇者様は元の世界へと帰ることができます」


「命を落とすって、まさか死ぬつもりなの!? そんなことしなくても何か方法があるだろ! 例えば僕が、時が止まってる間にそいつに攻撃して……」


「残念ですが、銀の時間の制約で、止まっている物体や生き物を破壊したり攻撃したりすることはできません。それにどのみち、ただの人ではその男に傷をつけることすらできませんよ」


「それじゃあ、もう打つ手が……」


「そうです、手がありません。だから勇者様、あなたはここから逃げてください。そうすれば、元の世界へ帰れますよ。よかったですね……ちゃんと肉体ごと、元の世界に戻れますよ……」


そう言って、彼女は僕に微笑む。 とても苦しく、笑っていられるはずがない状況なのに。


確かに彼女の言う通り、このまま僕がこの場を去れば、おそらく元の世界に戻れるのだろう。 もう打つ手がないというのなら、確かにそれが最善の方法だ。


そう、僕はただ巻き込まれただけだ。 ただ偶然女神と出会って、理不尽に、唐突に、異世界に召喚されただけだ。 だから、このまま元の世界に帰ったって、別に問題はないはずだ。


僕は何事もなかったかのように、元の日常に戻るだけなんだ。


――彼女の命と、引き換えに。


いや……それはダメだ。 それだけはダメだ。


過程はどうあれ、誰かを犠牲にして生き延びるなんて後味の悪い思いは、もうしたくない。


何か方法はないのか。何か別の……別の選択肢はないのか。 何か別の方法は……!


『お前、まだその女と契約を結ぶ前だろ?』


ふと、ヴァガルドが口にしていた言葉が脳裏をよぎった。 契約を結ぶ前。……なら、契約を結んだらどうなる?


そうだ、それについて彼女は言っていた。


『あなたは女神に選ばれし勇者様。そして私はその勇者に力を授けることができる権能をもっています』


勇者に力を授けることができる、権能。


あった。 この場でまだ取ることのできる、もう一つの、唯一の選択肢が。


「勇者様……何をぼーっとしているのですか。早くこの場から……離れて……っ」


「ビスカ、お願いがあるんだ」


「へ……?」


「僕と……天村あめむら光継みつぎと、勇者の契約をしてくれ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ