第五話:重壊斧のヴァガルド。絶体絶命の初エンカウント
「本当に魔王が存在する世界なんだ……」
「そうです。だから勇者様が呼ばれたのですよ。とにかく急いでここを離れて、森へ入りましょう」
ビスカはミツギの腕を掴み、急いで城壁から下へと続く階段へ向かう。
「森? 砦の中に隠れるんじゃダメなの?」
「先ほども言った通り、ここは昔、勇者を召喚するために使われた場所です。敵もそれは知っているはずですから、ここに留まっても内部で鉢合わせ……戦う術のない我々は、一方的に蹂躙されるだけです」
「戦う術が無いって……君は何か魔法とか、そういうのを使えるわけじゃないの?」
「使えますが、あいにくと相手を直接攻撃するような魔法はありません。何せ癒やし系で、ヒーリングで、かわいらしいマスコット系使者ですので」
「自分で癒やし系とか普通言わないと思うんだけど……。そうだ、僕、勇者なんでしょ? やっぱり何か特別な力とかを授かってたりとか……」
「しませんよ。努力もせず、ただ異世界に来ただけでそんな便利な物はもらえません」
「つまり、ただの人?」
「はい。ただの一般的なピーポーです」
「じゃあなんで呼び出されたの僕!?」
「とにかく、つべこべ言わずについてきてください! さっさと森に入って隠れないと、本当に命が危ないですよ!」
ミツギは連れられるがままに砦を離れ、森へと入った。
道中、明らかに自分の世界では見たことのないような形をした植物やキノコ、小動物を見かけたが、それをよく観察する暇もなく、奥へ奥へと進んでいく。
「あの、そろそろ……息が、持たないんだけど……」
「これから世界を救うのに、これくらいの体力もないんですか? まあ、砦からはだいぶ離れましたし、一旦ここら辺に身を潜めましょうか」
「なんか追われてるような気は全然しなかったんだけど……本当に敵が迫ってきてたの?」
「迫ってきていましたよ。一応、女神様ほどではないですが、よからぬ気配に対する探知能力は秀でている方なので。敵が砦に到着するよりもだいぶ早めに移動できましたから、ここで目下の嵐が過ぎるのを待ちましょう」
「そっか。ならいいけど……。というか、さっきも聞いたけど、本当に僕には何か特別な力とか無いの?」
「ないですよ。すっからかんです」
「本当になんで勇者として呼ばれたんだ、僕……」
「そんなに落ち込まないでください。今はまだないだけです」
「今は?」
「はい。すっからかんということは、今からいろいろ詰め込めるってことです」
「つまり、すごい力を手に入れる方法があるってこと?」
「もちろん。あなたは女神に選ばれし勇者様。そして私はその勇者に力を授けることができる権能をもっています」
ビスカは手を広げ、芝居がかった口調で語る。
「勇者様と私が契りを交わすことで、私は唯一無二の女神からの加護を勇者様に授けることができます。そうすれば、勇者様は今の自分とはおさらば。身長も少し伸びて、体型もシュッとして髪もサラサラ。美肌効果も相まって、女性受けはばっちぐーです」
「……真面目に話をしているようで、誇大広告してるテレビショッピングみたいな内容になってないかな?」
「過大も何も、事実を述べただけですので。さあ勇者様、今の話を聞いたらもうこの世界と心中する覚悟は決まりましたよね。今すぐ私と契りを交わして、新しい自分へと生まれ変わりましょう」
「いや……能力を授かるよりも、やっぱり元の世界に帰りたいんだけど」
「正気ですか? ここまで、あなたの世界では味わえない非日常な経験と力が目の前にあって、飛びつかないなんて……」
「なんだ、元の世界に帰りたいのか。なら――俺が帰してやろうか?」
突然、二人しかいないはずのこの場所に、第三者の声が響く。
声のする方へと顔を向けると、そこにはいつの間にか人影があった。 いや、人影といっていいのだろうか。
その姿は、分厚く黒い鎧を纏い、巨大な斧を持った一人の巨漢であった。 ただ、その姿は一般的な「人」という種とは、大きく違うところがある。
体のサイズや、人では明らかに持てないであろう武器を抱えている……などというレベルではない。 その男の頭には、左右から大きく禍々しい角が生えていたのだ。
「いやぁ、仕事帰りにちょっと散歩がてら寄り道をしたら、妙な反応を感じたんでな。様子を見にきたらこりゃあびっくりだ。女神の使徒と勇者がいるじゃねぇか。見たところまだ覚醒してないみたいだが……まあ、手っ取り早くていいか。始末するのに手間が省ける」
「……私は一応、きちんとあたりを警戒していたはずなのですが。どうやってここまで近づいたのですか?」
ビスカはミツギをかばうように前に立ちながら、目の前の男へと疑問を投げかける。
「んんん? 普通に近づいただけだぜ。まあ、ちょっとした工夫はしたけどよ。どちらかといえば、お前の探知能力がザルなんじゃねぇか? まあ、俺の接近を察知できないようじゃ、今までの奴ら同様に死んで当然か」
男は肩で支えていた大斧を、片手で勢いよく地面へと突き刺す。
その衝撃で凄まじい音が鳴り響き、近くにいた鳥や獣たちが、急いで逃げていく気配が伝わってきた。
「冥土の土産に名乗っといてやる。俺は魔王軍幹部の一人――重壊斧のヴァガルド。魔王様への手土産にお前の首、頂戴するぜ」




