第九話:銀閃の覚醒。アメムラミツギ
「……バカなんですね、勇者様。ここで素直に逃げていれば楽なのに」
「バカって言うなよ。でも多分、後から後悔するよりは、ずっとマシだと思うから」
そう、後悔するから。もう二度と、あの時のような後悔をしたくないから。
「改めて、お名前をお伺いします。勇者様、あなたのお名前を名乗ってくれませんか?」
「僕の名前はミツギ……天村光継」
「勇者様……いえ、アメムラミツギ。これがラストチャンスです。本当に、いいんですね?」
「うん。もう覚悟は決めた。天村光継は、君との契約を望む」
「では、アメムラミツギ。私は女神の名のもとに、貴方との契約を執行します」
彼女がそう口にした次の瞬間。 ビスカの顔が、自分のすぐ目の前へと迫っていた。
吸い込まれそうなほど澄んだ蒼い瞳と、儚げで美しい美貌が、僕の視界を埋め尽くす。 そして――彼女の柔らかな唇が、僕の唇と重なった。
こいつらを見つけたのは、まったくの偶然だった。
気まぐれで部下が取り逃がした標的の尻拭いをした後、空間が歪む微かな振動を感じた。召喚時に発せられる独特な波動だ。
最初は気のせいかとも思えるほどの微弱な気配だったが、ここら一帯はまだ各勢力が手を広げていない中立地帯。奴らが新しい駒をこっそり召喚するには、お誂え向きの場所だ。
だから念のため、これも気まぐれに覗きに行った。 そして結果として、召喚されたばかりの異世界人と女神の使徒という、予想通りの二人組を発見したわけだ。
こいつらがもう少し隠れるのが上手ければ、見逃してやったって良かった。だが、こうも簡単に見つかってしまった以上は仕様がない。 別段、使命感があるわけではないが、障害となる可能性があるものを放置するほど俺は甘くない。見逃す理由もないのだからな。
こうして俺は今、大斧を振り下ろし、女神の使徒を始末しようとしている。 異世界人も少なからず傷は負うだろうが、よほど運が悪くなければ、その後は元の世界へ――強制送還《戻される》だろう。
この女を引き裂き、今日の寄り道は終わり。……はずだった。
切り裂かれるはずのその先から、突如として眩い光が放たれ、視界を白く塗りつぶした。
「なっ……!?」
同時に、振り下ろしたはずの斧が大きく後ろへとはじき返される。 予期せぬ衝撃に、俺自身も大きくのけぞった。
咄嗟に体勢を立て直すため、後ろへ飛んで距離を取る。 そして、徐々に収まってきた光の中から現れたのは……先ほどまでいた人物とは、全く異なる「存在」だった。
目に入ったのは、木漏れ日に煌めく、長く美しい銀髪。 そして、内側から発光しているかのような純白の法衣。 その隙間からは、急所を保護する硬質な銀色の鎧と、聖骸布のように風になびく白い布が見え隠れする。
その手には一振りの剣。 一切の不純物を削ぎ落としたかのような、眩い銀色の長剣。
神性すら感じさせる精悍な面差し、そしてその蒼色の瞳から発せられる視線は、静かに、けれど強くこちらを射抜いていた。
「おいおいおいおい、マジかよ……。あの土壇場で契約したっていうのかよ、あの異世界人」
見覚えのあるその気配と姿に、思わず声を荒らげる。 その姿は、女神と契約した異世界人が纏う、忌々しき神の武装。 そしてその容姿は、女神の影響を受け変質した「勇者の証」だ。
目の前に佇む勇者は、手に持った鈍い銀色の輝きを放つ得物の剣先を、ゆっくりとこの俺――ヴァガルドへと向けた。
「僕の名前はアメムラミツギ。異世界の高校生にして……勇者だ!」




