プロローグ:君、勇者になりたくないかね?
修学旅行最終日。
とある南の島の空港では、飛行機が飛び立つまでの最後の時間を楽しもうと、学生達がロビーや土産品の売り場を忙しなく歩き回っている。
彼らは最後の記念写真を撮ったり、家族のための土産を選ぶなど、やり残したことがないかどうかをめいいっぱい考え行動していた。
自分も、そんな学生達の一人だ。 先程まで諸事情によりこの旅行に参加することができなかった、友人二人のために土産を選んでいた。
(二人仲良く風邪引くなんて……、本当タイミングが悪いというか)
空港の出発ロビー付近に設置されたイスに腰掛けながら、そう考える。
修学旅行出発当日。 集合場所である出発ロビーに一向に表れる気配がない友人を不審に思い、クラスの担任に尋ねたところ、二人とも突如の高熱により参加することができないという連絡が今しがた入ったということだった。
どうやら仲良く流行風邪にかかったらしく、練りに練った計画を立てたはずの旅行は思いもよらぬ形でスタートを切ってしまった。
無論、彼らだけしか友人や知人がいないというわけではない。 だが、他のクラスであったり、特別仲が良いというわけでもないため、この四日間を存分に楽しく過ごせるような関係ではなかった。
帰りの飛行機が飛び立つまで残り一時間弱。 後20分足らずでゲート前への集合時間となり、その後は出発まで待機となるため、実質的に旅行はそこで終了のようなものである。
イスに深く腰をかけ、背もたれに体を預け、建物の天井を仰ぐ。 やることも済ませてしまったため、後は集合時刻まで時間をつぶすだけだ。
そうやってなにも考えず、ただ時間が過ぎるのを待つ。
そんな時だった。
「おい、そこの少年」
隣からそんな呼びかけが聞こえた。
自分は声の聞こえる方向に顔を向ける。
眼に映ったのは、一つ開けた隣の席に座る、小さめの丸縁のサングラスを掛けた赤毛の女性だった。 半袖半ズボンにサンダルを履き、まさに夏というものを表現したような出で立ちだ。
足元には、いろいろなステッカーが張られた古ぼけた木製の鞄の様なものが置いてある。
「大丈夫かね君、先程から心ここに在らずという感じだが?」
女性はそう言いながら掛けたサングラスをずらし、後ろに隠れていた飲み込まれそうなほど深い青色の瞳がこちらを覗いてきた。
突然の声かけに、思わず自分は体を強張らせる。
「そう警戒しなくていいよ、私はただの旅行客だ。友人とここらへんで落ち合う約束をしていたんだが待ち惚けをくらっていてね、暇だったんで横で同じくつまらなそうにしてる君に声をかけたんだ」
「見たところ君は中学……、いや高校生か? 土産品の袋を持っているということは、ちょうど今から飛行機にのって帰るところかな」
「はぁ、そうですけど……」
ぐいぐいとまるで芝居がかったような口調で話しをかけてくる女性に、自分は少し引き気味になりつつ適当な相槌を返す。
「そうかそうか、それでどうだったこの島? 私はとても久しぶりのバカンスでここに旅行に来ていてね、一週間ほど滞在する予定なんだ」
「君も何ヶ所かは観光地を回ってきたんだろう、どこかおすすめできそうな場所とかあったかい?」
「いえ、これといって特には。空港内に置いてあるリーフレットにのっているような所にしか行っていませんから」
「んー、それはつまり人にすすめられるような場所ではなかったと?」
「そういうわけではないですけど、たぶん僕に聞くよりもガイドブックとかを読んだ方が詳しく書かれて……」
「違う! 私はそう言った情報を知りたいわけではないんだよ!」
女性は顔をこちら側にぐっと近づけ、突然強い口調で言い放つ。
「そこらへんの紙に書き綴られているような、建前を気にした着飾られた文章に興味があるわけじゃないんだ」
「私は、君が、その体で、心で、感じた、その想いを聞きたいんだ! 何かあるだろう? 綺麗だったとか、汚れていたとか、期待外れだったとか。それでいいんだよ。さあ、君の言葉で私に伝えたまえ、その心に刻まれた情報を!」
「いや、僕は特にそういった感想はなくて、あんまり意識してなかったというか。ガイドに付き添って歩いただけなので、確かに綺麗な場所はありましたけど」
「煮え切らないなぁ……なんだねさっきから言い訳みたいな事を並べて。では二択で答えたまえ、君にとって面白いと思えるような場所は、あったか? それともなかったか?」
「それは……」
「答えたまえ」
曖昧なつぶやきに対して、威圧するように女性は言葉を吐き出す。
「なかった……です」
「なんだ、言えるじゃないか」
「要するに君にとって今回の旅行はつまらなかったというわけだろ、最初からそう伝えてくれ。……とは言えせっかくの旅行に来てるのに強く残る思い出も無しとなると、それでは味気がない。よし、ここは私が一つ手を貸そうじゃないか」
女性は足元に置いてあった鞄を持ち上げて膝に置くと、鍵を外し、パチパチとロックを外して鞄を開く。
そして大きな音を立てながら、鞄に手を大きく突っ込み何かを探り始めた。
「あった。私と出会った記念だ少年、君にこれをやろう」
女性は鞄の中から一つの銀色に輝く小さなアクセサリの様なものを取り出すと、それを僕の前に差し出す。
「なんですか、これ」
「私が大昔に作った作品の一つだ。ああすまない言っていなかったな。私はそう、この時代の言葉でなんといえばいいかわからないが、とある国でこういった小物や装飾品を作っていたんだ。工芸士とでも言えばいいのかな?」
銀色に鈍く輝くそれは、西洋の童話やゲームで出てくるような古い鍵の様な形をしていた。 表面には細かな紋様と、見たことのない文字のようなモノが刻まれている。
「その鍵はね、単刀直入に言えば願いを叶える鍵だ」
「願い?」
「そうだとも、君にも何か叶えたい夢とかがあるだろう? その鍵はそれを後押しするためのまじないを込めて作ったものさ」
「夢ですか……」
「なんだ君、まさか夢まで持ってないのかい?」
「……特にこれと言ってないですね」
なんてことだーーーっ、と女性はまたもや芝居がかった大げさなアクションを起こす。 周りの人達にもその声と仕草に何が起きたのか視線を向けられ、恥ずかしくなってくる。
「この時代の子は恵まれた環境にいるせいか、まさか夢まで持っていないとは……」
「いやまあその、将来仕事について家庭を持ってとか、そういうのは漠然とありますよ」
これ以上周りの視線を引くのは良くない。 そう考えて、とりあえずの返答をする。
「違う! 確かにそれも夢の形ではあるが、君が心からそれを望んでいるわけではないだろう!」
女性は頭を抱えたまま、ぶつぶつとあーでもないこーでもないと何かを呟いている。 夢を持ってない事がそんなに気に食わなかったのだろうか……。
「そうだ!」
女性は抱えていた頭を突如として上げ、そう声を上げながらパチンと指を鳴らす。
「君、勇者になりたくないかね?」
「は?」
「なんだ、勇者もしらないのかい? 日本の漫画とかゲームでよくあるだろう、剣や魔法を使い仲間と共に世界を救ったりする」
「それは知ってますけど……」
「なら話は早い。その勇者になりたくないかね?」
「勇者になるって、話の意味が……」
「もちろん必ずなれるかはわからないが、ある程度のお膳立てはしてあげよう。ちょうど最近は候補の目星もついてなかったし、君もいい思い出作りにもなるだろう」
こちらの言う事を無視しながら、何かわけのわからない事をぶつぶつと呟いている。 まずい、関わってはいけないタイプだっただろうか。
(適当に理由をつけて離れた方がいいのかもしれない……)
「あの、そろそろ僕集合時間なのでこの変で失礼しますね」
熱が入ってきたのか先ほどより力の入った声でまたよくわからない言葉をしゃべり続けている女性を尻目に、そそくさとその場を離れる。
これ以上付き合っていると周りの視線も痛いし、何をされるか分かったものではない。
こうして、謎の女性に絡まれてるという珍事こそあった。 だが、その後は何事も無く集合時間となり、飛行機に搭乗して僕の修学旅行は幕を閉じる……はずであった。
何故ならば。 飛行機で寝ていた僕が目を覚ました時、既にそこは見知らぬ土地――《異世界》だったのだから。




