未来の芽吹きと永遠の誓約
魔導城の事件が解決し、王都に真の平穏が訪れてから一年が経った。レヴィとガイは、それぞれ騎士団と魔導士団の中心となり、復興と未来のための活動に尽力していた。二人の活躍は、人々の間で伝説となり、その絆は、もはや誰もが知るところとなっていた。
王都の騎士団訓練場では、新たな希望の芽が育っていた。かつて魔物の侵攻で親を失い、ガイとレヴィによって保護された孤児の一人、少年カイトが、今や騎士候補生として日々の訓練に励んでいた。彼の剣術はまだ粗削りながらも、その瞳には強い光が宿っていた。
「くそっ、また一本取られた!」
訓練で、年上の騎士候補生に敗れ、悔しそうに歯噛みするカイト。その隣には、彼と同じく孤児だった少女、リリアが、優しく微笑みながら汗を拭く布を差し出した。リリアは、今は王都の孤児院で、年下の子供たちの面倒を見ながら、薬師の見習いとして学んでいる。
「カイト、大丈夫? 無理しすぎないでね」
「大丈夫だ! 俺は、ガイ兄ちゃんみたいに強くなるんだから!」
カイトは、そう言って立ち上がると、再び木剣を構えた。彼の胸には、あの時、自分を救ってくれたガイへの強い憧れと、いつか自分も誰かを守れる存在になりたいという、確かな誓いが宿っていた。
一方、魔導士団では、レヴィを慕う若手魔導士たちが急増していた。彼女の圧倒的な魔力と、その裏にある優しさ、そして何よりも「クレメリア=レヴィアナ=アークラスト」として世界の命運を背負った覚悟は、多くの若者たちの心を掴んで離さなかった。
「魔導姫殿下は、今日もまた、新しい治癒魔法の応用を考案されたそうですよ!」
「すごい! 私もいつか、あんな風に、皆のために魔法を使いたい!」
若手魔導士たちは、レヴィの執務室の周りに集まり、目を輝かせながら噂話をしていた。レヴィは、そんな彼らの視線を感じながら、フン、と鼻を鳴らした。
「フォフォフォ! 全く、私様の魔導は、そう簡単に真似できるものじゃないわよ!」
そう言いながらも、彼女の頬はわずかに緩んでいた。以前は、自分の力を恐れ、周囲から孤立していた彼女が、今や多くの人々に慕われ、希望の象徴となっている。その変化は、ガイが常に彼女の隣にいてくれたからこそ得られたものだった。
ある日の午後、ガイとレヴィは、評議会の呼び出しを受けていた。二人の活躍は、王都に多大な貢献をもたらし、特に、レヴィが旧王国の王女であるという真実が明らかになって以来、評議会内でも彼女の存在を積極的に受け入れる動きが強まっていた。
重厚な評議会の議場。エルドレッド局長が、厳かな面持ちで二人に告げた。
「ガイ・ランチェスター殿、そして、クレメリア=レヴィアナ=アークラスト殿。貴殿らの功績は、この王国にとって計り知れない。つきましては、国王陛下より、お二人の功績を称え、そして、来るべき未来に向けて、王国の礎を築くため……」
エルドレッド局長は、一呼吸置き、二人の顔を交互に見た。
「……婚約を、執り行わないか、とのご意向でございます」
その言葉が響いた瞬間、議場に集まっていた全ての者たちが、息を飲んだ。レヴィとガイの関係は、誰もが知るところではあったが、まさか王国から公式に「婚約」の提案があるとは、誰も予想していなかったのだ。
ガイは、レヴィの方を見た。彼の顔は、わずかに赤らんでいたが、その瞳には、まっすぐな光が宿っていた。彼にとって、レヴィとの婚約は、ずっと望んでいた未来だった。
レヴィは、一瞬、目を見開いた後、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。耳まで真っ赤になった彼女は、次の瞬間、議場に響き渡る、けたたましい高笑いを響かせた。
「フォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォフォ!!!!!!」
その高笑いは、議場の天井を揺るがすほどだった。議場にいた騎士や文官たちは、呆然とした顔でレヴィを見つめている。
「な、なによ! いきなりそんなこと言い出すなんて、バカじゃないの!? 私様が、あんたと結婚!? ありえないでしょ、筋肉ダルマ!」
レヴィは、そう言ってガイを指差した。ガイは、苦笑いを浮かべながらも、レヴィの反応に慣れた様子で、静かに彼女の言葉の続きを待つ。
「それにね、じいさんたち! 私様は、今、王都の復興で忙しいのよ! 子供たちに魔法を教えなきゃいけないし、枯れた土地を再生させなきゃいけないし、新しい魔導技術も開発しなきゃいけないの! そんなね、式を挙げるほど暇じゃないわよ!!」
レヴィは、そう言って、ぷいっと顔を背けた。彼女の顔は、まだ真っ赤に染まっていたが、その言葉には、ガイへの否定の意は全くなかった。むしろ、目の前の課題に真摯に向き合いたいという、彼女らしい意志が感じられた。結婚式という「形式」に囚われるよりも、今、自分たちが果たすべき「使命」に集中したい。それが、レヴィの本音だった。
ガイは、そんなレヴィの言葉に、静かに笑みを浮かべた。彼女らしい答えだと、彼は分かっていた。そして、この「忙しさ」が、彼女が過去を乗り越え、この世界で生きている証なのだと、彼は感じていた。
「……了解いたしました、局長」
ガイは、エルドレッド局長に深々と頭を下げた。
「彼女は、もう少し忙しさが落ち着いてから、改めて検討するとのことです」
ガイの言葉に、レヴィは横から「勝手なこと言わないでよ!」と小声で抗議したが、その表情はどこか満足げだった。エルドレッド局長もまた、二人のやり取りを見て、苦笑いを浮かべた。
「フォフォフォ! そういうことよ! じゃ、私様は忙しいから、もう行くわよ!」
レヴィは、そう言って、そそくさと議場を後にした。ガイも、彼女の後を追うように議場を出て行った。
王都の新たな時代は、小さな騎士候補生たちの成長と共に、そして、互いに本音をぶつけ合いながらも、確かな愛情と信頼で結ばれた「恋愛未満」な二人の日常と共に、ゆっくりと、しかし確実に動き始めていた。彼らの誓いは、言葉ではなく、共に生きる未来の中に、確かに刻まれているのだった。