小さな事件の解決と日常
魔導城の暴走事件から数ヶ月。王都は、復興の道を力強く歩んでいた。レヴィの真の覚醒と、彼女が旧王国の王女であるという真実は、一部の評議会議員の間で波紋を広げたものの、魔導城の暴走を止めた「英雄」としての功績が、彼女への疑惑を打ち消す形となった。そして何より、レヴィがガイによって発見され、無事であったことは、王都の人々に大きな安堵をもたらした。
レヴィは、以前にも増して多忙な日々を送っていた。魔導士団の任務に加え、旧王国の知識を持つ者として、復興作業における魔導技術の指導や、荒廃した土地の再生などにも貢献していた。彼女の魔法は、もはや「破壊」だけでなく、「再生」の側面を明確に持ち、枯れた土地に緑を蘇らせ、破壊された建物を修復する力として、王都に新たな希望をもたらしていた。
そんなある日、王都の裏路地で、小さな騒動が持ち上がった。子供たちが、いたずらで路地裏の壁に落書きをしていたところを、巡回中の騎士に見つかり、捕まえられそうになっていたのだ。泣き出す子供たちに、騎士が厳しく注意しているところに、たまたま通りかかったレヴィが顔を出した。
「フォフォフォ! なによ、騒がしいじゃない! こんなところで何してるのよ、あんたたち!」
いつもの高笑いを響かせながら、レヴィは子供たちの前に立った。騎士は、レヴィの登場に驚き、慌てて敬礼する。子供たちは、レヴィの迫力に怯え、さらに小さく震え上がった。
「こ、これは魔導姫殿下! こちらの子供たちが、壁に落書きを……」
騎士が事情を説明すると、レヴィはフン、と鼻を鳴らした。そして、落書きされた壁をじっと見つめる。そこには、拙いながらも、虹色のチョークで描かれた、巨大な魔物の絵があった。魔王の姿に似ているが、どこかユーモラスな表情をしている。
「フォフォフォ! なんだ、この絵! あんたたち、魔王はもういないんだから、もっと可愛い絵を描きなさいよね!」
レヴィは、そう言いながらも、その手に魔力を集中させた。淡い光が壁を覆い、瞬く間に落書きが消え去った。だが、レヴィはただ消しただけではなかった。次に彼女が描いたのは、虹色のチョークよりも鮮やかで、生き生きとした、空を飛ぶユニコーンの絵だった。その絵は、子供たちの目を輝かせた。
「わあ……すごい!」
「きれい!」
子供たちの瞳が、レヴィの魔法に釘付けになる。レヴィは、得意げに胸を張った。
「フォフォフォ! どうだ! 私様にかかれば、こんなものよ! 次はもっと上手い絵を描きなさいよね、わかった!?」
レヴィは、そう言って子供たちの頭をポンと叩いた。子供たちは、まだ少し戸惑っているようだったが、すぐにレヴィに懐き始めた。
「お姉さん、また絵を描いてくれる?」
「今度は、お花を描いてほしい!」
子供たちが、レヴィの服の裾を引っ張りながら、無邪気にねだる。レヴィは、顔を赤らめながらも、満更でもない様子で高笑いを響かせた。騎士は、その光景に呆然としていた。普段は気難しい魔導姫が、子供たちに囲まれて笑っている姿は、彼にとって衝撃的だった。
その日の夕方、レヴィが魔導士団の詰所に戻ると、ガイが待っていた。彼の隣には、山のように積まれた書類の山がある。
「レヴィ。今日の報告書は……」
ガイが言いかけると、レヴィは得意げに胸を張った。
「フォフォフォ! 聞いて驚きなさいよ、筋肉ダルマ! 今日はね、王都のちびっ子たちに、私様の魔法の素晴らしさを教えてあげたのよ!」
レヴィは、今日の出来事を身振り手振りでガイに話した。子供たちが、いかに自分の魔法に目を輝かせたか、そして、自分に懐いてきたかを、熱弁する。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
ガイは、レヴィの話を聞きながら、静かに笑みを浮かべた。彼女が子供たちに好かれ、そして心から楽しんでいる様子は、彼にとって何よりも嬉しいことだった。レヴィは、もう過去の闇に囚われていない。自分の力を、人々のために、そして未来のために使うことを選んだのだ。
「そうか。それは、よかったな、レヴィ」
ガイの言葉に、レヴィは照れくさそうに顔を背けた。
「な、なによ! 別にあんたに褒められたって、嬉しくないんだからね!」
そう言いながらも、レヴィの頬は、夕焼けの色に染まっていた。王都の日常の中で、レヴィは新たな役割を見つけ、そして、かつての高笑いの中に、確かな温かさと優しさを宿すようになっていた。小さな事件の解決は、レヴィの日常の一部となり、彼女がこの世界に根を張り、生きていることの証となっていた。