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真実の記録と失われた王女

 旧時代の魔導研究所跡に身を隠して数日。レヴィとガイは、外界の喧騒から隔絶されたこの場所で、静かに、しかし互いの存在を深く感じながら過ごしていた。しかし、王都を揺るがす爆発事件の真相、そしてレヴィにかけられた濡れ衣を晴らすため、二人はこの研究所に残された古文書の調査を始めていた。研究所の奥深く、埃を被った書架に並ぶ古びた文献の中には、魔導文明の失われた知識が眠っているはずだった。

「ふむ……この紋様、王都の魔導局が使ってる奴とは少し違うわね」

 レヴィは、古びた羊皮紙に描かれた複雑な魔術紋様を指でなぞりながら呟いた。その指先から、微かな魔力が流れ込み、羊皮紙が淡く光を放つ。その時だった。彼女の魔力と、古文書に宿る古代の魔力が共鳴し、研究所全体が淡い光に包まれた。

 空間が歪み、レヴィの脳裏に、かつて遺跡で見た幻影とは異なる、新たな光景が流れ込んできた。それは、豪華絢爛な宮殿の内部だった。幼いレヴィとよく似た、赤い髪の少女が、王冠を戴いた壮年の男女に囲まれている。その顔には、今のレヴィからは想像もできない、無垢で穏やかな笑みが浮かんでいた。

「クレメリア……わが愛しき王女よ……」

 幻影の中から、威厳のある男の声が聞こえる。少女の腕には、見覚えのある紋様の刻まれた腕輪が光っていた。それは、レヴィがいつも身につけている腕輪と、寸分違わぬものだった。

 光景は一転し、宮殿は炎に包まれる。魔物の咆哮が響き渡り、人々の悲鳴が木霊する。幼い少女は、女官に抱えられ、必死に逃げ惑っていた。女官の顔は、ガイが資材庫で見た「終焉の手」の裏切り者、レオナルドと瓜二つだった。そして、その女官の隣には、レオナルドによく似た男もいる。彼らは、幼い少女を連れ去ろうとしているかのようだった。

「お逃げください、クレメリア様……!」

 女官の声と共に、幼い少女の体が眩い光に包まれ、その存在が消え失せる。光が消えた後、残されたのは、崩れ落ちる宮殿と、炎の中で蠢く魔物の影だった。

 レヴィは、その幻影に息をのんだ。彼女の記憶にはない、しかしあまりにも鮮明な光景。そして、幻影の中に現れた「クレメリア」という名。

(まさか……私……?)

 その時、レヴィの隣にいたガイも、同じ幻影を見ていた。彼の顔には、驚愕と混乱の色が浮かんでいる。幻影が消え去り、研究所に再び静寂が戻ると、二人の間に重い沈黙が降り立った。

「レヴィ……今のは……」

 ガイが、戸惑いながら口を開く。レヴィは、震える手で自身の腕輪に触れた。この腕輪は、物心ついた頃から、常に彼女の腕にあったものだ。

「……私の……もう一つの秘密……ってことかしらね、フォフォフォ」

 レヴィは、いつもの高笑いで誤魔化そうとしたが、その声はひどく掠れており、その瞳には、混乱と、そして得体の知れない恐怖が宿っていた。もし、この幻影が真実ならば、彼女は魔導士レヴィアナ・ファルメリアであると同時に、失われた旧王国の王女「クレメリア」である可能性が浮上したのだ。自分の出自に関する、あまりにも巨大な真実に、レヴィの心は揺れ動いた。王族としての責任、そして親友を失った過去だけでなく、故郷の滅びも自分の力に関係しているのではないかという、新たな重圧が彼女を押しつぶそうとしていた。

 ガイは、レヴィの動揺を感じ取っていた。彼は、ゆっくりとレヴィの前に跪いた。冷たい石の床の上で、彼の膝が軋む音がする。レヴィは、その行動に驚き、目を見開いた。

「レヴィ……混乱しているだろう。俺も、正直、頭が追いつかない」

 ガイの声は、静かだが、確かな響きを持っていた。彼の瞳は、レヴィを真っ直ぐに見つめ、その中に揺るぎない決意が宿っていた。

「だが、一つだけ、はっきりしていることがある」

 ガイは、レヴィの手を取り、その掌をそっと包み込んだ。温かい体温が、レヴィの指先に伝わる。

「君が、誰でも関係ない」

 ガイの言葉は、レヴィの心の奥深くにまで届いた。彼女が魔導士であろうと、王女であろうと、あるいは何者であろうと、彼にとって大切なのは、レヴィという一人の人間であると、彼は言っているのだ。

「君は、俺が命を賭けて守ると誓った、レヴィアナ・ファルメリアだ。そして、この世界を救った英雄だ」

 ガイの言葉は、レヴィの心を縛っていた鎖を、一本また一本と解き放っていくようだった。彼女がどんな出自を持っていようと、どんな過去を背負っていようと、ガイはそれを受け入れてくれる。その事実に、レヴィの瞳から、再び温かい涙が溢れ出した。

「ガイ……」

 レヴィは、もう強がることなく、ただ彼の名を呼んだ。彼の温かい掌に、自分の指を絡ませる。旧時代の魔導研究所跡の薄暗い空間で、二人の間に、真の絆と、揺るぎない信頼が確立された瞬間だった。外界の混乱や疑惑から遠く離れたこの場所で、レヴィは、自分自身の真実と、そしてガイというかけがえのない存在を、改めて見つけたのだ。


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