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逃亡と追跡

 王都に広がる疑惑の炎は、レヴィを容赦なく焼き尽くそうとしていた。大聖堂の爆発事件の濡れ衣を着せられ、魔導局は彼女の身柄の拘束に乗り出した。魔導局の兵士たちが、レヴィの執務室へと迫る中、レヴィは窓から外へと飛び出した。

「フォフォフォ! 面倒なことになったわね! こっちのセリフよ、あんたたち!」

 レヴィの高笑いが王都の空に響く。それは、かつてのような虚勢ではなく、状況を冷静に見極め、自身の信念のために行動する覚悟の表れだった。彼女は、王都の複雑な路地を駆け抜け、人混みに紛れながら、追手から逃れていく。

 その様子を、物陰から静かに見守る男がいた。ガイだった。彼は、レヴィが陥れられたことを確信しており、彼女を救うために評議会に反発した結果、自らの政治的立場も危うくなっていた。しかし、レヴィを一人にはできない。彼の胸には、あの医療室で交わした誓いが深く刻まれていた。

(レヴィ……どこへ行く気だ)

 ガイは、騎士団の目を欺き、巧妙にレヴィの追跡を開始した。彼は、レヴィの魔力の痕跡と、彼女の行動パターンを読み取りながら、慎重に距離を保ち、彼女の行く先を見守った。

 レヴィが向かったのは、王都の北西に位置する、広大な森の奥深く。そこには、かつて栄華を極めた魔導文明の遺産である、旧時代の魔導研究所跡がひっそりと佇んでいた。苔むした石壁、蔦に覆われた入り口、漂う微かな土と湿気の匂いが、忘れ去られた歴史の深さを物語っている。外界から隔絶されたその場所は、身を隠すには最適だった。

 数日後、ガイは研究所跡の最深部で、静かに潜伏するレヴィの姿を見つけた。

「……見つけたぞ、爆裂魔導姫」

 ガイの声に、レヴィは驚き、振り返った。その顔には、一瞬、焦りの色が浮かんだが、すぐにいつもの高笑いを浮かべた。

「フォフォフォ! なによ、筋肉ダルマ! まさか、あんたも私を捕まえに来たってわけ!?」

「まさか。俺は、君の護衛だ。それに、このまま一人にしてはおけないだろう」

 ガイは、そう言ってレヴィの隣に腰を下ろした。二人の間に、気まずい沈黙が流れる。外界からの追跡の緊張感から解き放たれ、そこには二人きりの時間が流れていた。

 旧時代の魔導研究所跡での数日間は、レヴィにとって、そしてガイにとっても、特別な時間となった。薄暗い研究室で、二人は過去の魔導書を読み解いたり、壊れた魔導装置を調べたりして過ごした。言葉を交わすことは少なくても、互いの存在を感じながら、静かに過ごす時間が、それぞれの傷を癒やしていく。

 ガイは、レヴィの過去の痛みを理解し、無理に詮索しようとはしなかった。ただ、彼女がふと寂しそうな表情を見せた時、そっと温かい飲み物を差し出したり、毛布をかけてやったりした。レヴィもまた、ガイの負った深い傷に気づき、彼の傷口に優しく触れたり、眠る彼の傍らで、静かに魔力を送り続けたりした。互いの存在が、ただそこにあるだけで、深い安堵をもたらした。

 ある夜、研究所跡の一室で、二人は焚き火を囲んでいた。炎がパチパチと音を立て、二人の顔を赤く照らす。外には、冷たい夜風が吹き荒れているが、室内は温かい空気に包まれていた。レヴィは、珍しく高笑いをせず、静かに火を見つめていた。その横顔は、これまでにないほど穏やかで、まるで別人のようだった。

「……ガイ」

 レヴィが、微かにガイの名を呼んだ。ガイは、静かに彼女の言葉を待つ。

「私……ずっと、一人で生きてきた。誰かに頼るなんて、弱さだと思ってた」

 レヴィの声は、どこか寂しげだった。彼女は、ゆっくりとガイの方を向く。その瞳は、炎の光を反射して、わずかに揺らめいていた。

「でも……あんたが隣にいてくれて、私、初めて……安心できるって知ったのよ」

 その言葉は、レヴィにとって、何よりも大きな告白だった。彼女は、少しだけ頬を赤らめ、ガイに視線を送った。ガイは、レヴィのその素直な言葉に、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。彼は、ゆっくりとレヴィに顔を近づけた。二人の距離が、次第に縮まっていく。互いの呼吸が聞こえるほどに、近づいたその時――

「フォ、フォフォフォフォフォフォフォ!!」

 レヴィが、突然、けたたましい高笑いを響かせた。顔を真っ赤にして、慌ててガイから顔を背ける。

「な、なによ! な、なんでもないわよ! あんたもボーっとしてないで、早く寝なさいよ、筋肉ダルマ!」

 そう言い放ち、レヴィはまるで逃げるように、別の部屋へと駆け出してしまった。その姿は、照れ隠しで自爆した子供のようだった。ガイは、呆然としながらも、レヴィが残した温かい空気に包まれ、微かに笑みを浮かべた。

(……まったく、素直じゃないな)

 それでも、二人の間に生まれた、確かに育まれつつある感情を、ガイは感じ取っていた。王都での追跡劇から、この静かな数日間を経て、彼らの関係性は、また一歩、深まったのだった。


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