静けさと再始動
魔王討伐から数週間、王都には嵐が過ぎ去った後のような、一時的な平穏が訪れていた。破壊された建造物の瓦礫は撤去され、復旧作業が着々と進んでいる。人々の顔には、まだ疲労の色が残るものの、絶望は消え去り、未来への希望が微かに芽生え始めていた。街のあちこちからは、復興を祝う歌声や、子供たちの賑やかな声が聞こえ、活気が戻りつつある。
レヴィは、再び魔導士団の任務に戻っていた。魔王の残滓が残る地域での浄化作業や、新たな魔物の兆候がないかの調査など、多忙な日々を送っている。彼女の魔法は、以前にも増して精密になり、その力は人々から尊敬の眼差しで見られるようになった。しかし、レヴィの心は、決して落ち着くことはなかった。時折、ふと手を止めては、遠くの空を見上げる。そこには、魔王が消滅したはずの場所が、まるで焼き付いたかのように残像として焼き付いている。
(……ほんと、バカみたい)
そう呟きながらも、レヴィの脳裏には、いつもあの日のガイの言葉が蘇った。「君が笑っていてくれるなら、俺はまた立ち上がれる」。その言葉が、彼女の心を支え続けていた。彼が、今も医療室で回復に努めていることを知っているからこそ、レヴィは己の任務に集中できた。だが、彼と交わしたあの最後の言葉、そして手を繋いだ時の温もりが、常にレヴィの心を揺さぶり、奇妙な高揚感と、言いようのない不安を与え続けていた。
一方、ガイもまた、騎士団の任務に復帰していた。まだ完全に傷が癒えたわけではなかったが、彼には休んでいる暇などなかった。魔王の復活を許した責任、そして「終焉の手」の残党狩り、各地の防衛体制の見直しなど、山積する問題に、彼は真摯に向き合っていた。騎士団の会議室では、連日、重々しい議論が交わされる。ガイは、資料に目を通しながらも、時折、遠く離れた魔導士団の詰所の方へと思いを馳せる。
(レヴィは……ちゃんとやっているだろうか)
彼の脳裏には、泣きながら本音を吐露し、そして究極の魔法を放ったレヴィの姿が焼き付いていた。彼女が、以前のように自分を避けることもなく、素直に感情を表現できるようになっているだろうか。そんな、ささやかな心配が、彼の心を落ち着かなくさせていた。王都の騎士たちが使う、最新の通信魔導機からは、頻繁に緊急連絡が入るが、レヴィからの個人的な連絡は一切ない。それが、彼の内心の不安を募らせる。
そんな中、王国評議会では、ある議題が水面下で熱を帯びていた。それは、魔導士、特にレヴィのような「規格外の魔力」を持つ者の管理強化についてだった。魔王の復活が、レヴィの暴走寸前の魔力によって引き起こされたという憶測が、評議会の一部で囁かれ始めていたのだ。
「あの魔導姫の力は、確かに強大だ。だが、同時に危険でもある」
「制御不能になれば、再び王国を危機に陥れる可能性も否定できない」
一部の評議会議員たちは、過去の災害や今回の魔王復活の経緯を引き合いに出し、レヴィの魔力が再び暴走することへの懸念を表明した。彼らは、彼女の力を厳しく制限するか、あるいは完全に封印することさえも検討し始めていた。レヴィが、魔王を消滅させた「希望」であるという認識よりも、その力がもたらす「危険性」に重きを置く声が大きくなりつつあったのだ。
この動きは、まだ公にはなっていなかったが、ガイの耳にも届いていた。彼は、レヴィの立場が危うくなることを直感した。彼女は、ようやく自分の力を肯定し、前向きに生きようとしている。それなのに、再びその力を恐れられ、縛り付けられるようなことがあれば、彼女の心は深い闇へと落ちてしまうだろう。
王都には、表面的な平穏が訪れていた。しかし、その水面下では、新たな波が、静かに、しかし確実に動き始めていた。レヴィとガイの、束の間の安堵は、長くは続かないことを示唆するように、不穏な影が忍び寄っていた。