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君の前では泣いてもいい

 魔王の咆哮が、王都の空気を震わせた。その巨体から放たれる漆黒の魔力は、触れるもの全てを腐敗させ、希望を蝕む。騎士たちの剣が折れ、魔導士たちの魔法が弾かれる。絶望が、じわじわと王都を覆い尽くしていく。

 レヴィとガイは、最前線で激しい戦いを繰り広げていた。ガイは、脇腹の傷をものともせず、獅子奮迅の活躍を見せる。彼の剣は、魔王の眷属を次々と打ち払い、レヴィの魔法が放たれるための活路を切り開く。ヒュン、と風を切り裂く音と共に、ガイの剣が魔物を両断する。血と肉の匂いが、戦場に充満する。

「フォフォフォフォ! いいわね、筋肉ダルマ! その調子でガンガン行ってよ!」

 レヴィは、高笑いを響かせながら、次々と強力な魔法を放つ。彼女の魔法は、もはや制御不能な暴走の兆候を見せることはない。ガイが隣にいる限り、彼女の力は「守る光」として、正確に魔物を撃ち砕いていた。しかし、魔王の力は、想像を遥かに超えていた。

 突如、魔王の巨大な腕が、大地を揺るがす勢いで振り下ろされた。ガイは、瞬時にレヴィを突き飛ばし、自らがその攻撃を受け止める。轟音と共に、ガイの体が吹き飛ばされ、石畳に叩きつけられた。鈍い音が響き渡り、土煙が舞い上がる。

「ガイッ!!」

 レヴィの叫びが、戦場の喧騒を切り裂いた。彼女は、血を吐きながら倒れ伏すガイの元へ駆け寄った。彼の胸元から、夥しい量の血が流れ出し、白い制服を赤黒く染めていく。魔王の攻撃は、彼の体を完全に粉砕していた。

「……ガイ……嘘でしょ……?」

 レヴィの顔から、血の気が引いていく。その瞳に、親友を失ったあの日の絶望がフラッシュバックする。目の前で、またしても大切な人が、自分を守るために命を落とそうとしている。その現実に、レヴィの精神は急速に摩耗していった。

 怒り、悲しみ、そして自己嫌悪が、レヴィの内で渦巻き、彼女の魔力が再び暴走を始める。赤い髪が逆立ち、全身から制御不能な魔力が吹き出す。周囲の地面にヒビが入り、空気が歪む。

「ぐあああああぁぁぁぁっ!!」

 レヴィは、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。憎悪の念が、彼女の意識を支配しようとする。この憎悪のままに魔力を放てば、魔王だけでなく、王都も、全てが消滅してしまうだろう。だが、もう、どうでもよかった。彼を失うくらいなら、全てを破壊してしまいたかった。

 その時、血の海に倒れるガイが、震える手でレヴィの頬に触れた。彼の掌は冷たく、すでに生命の力が失われつつあった。

「……レヴィ……」

 掠れた声が、奇跡のようにレヴィの耳に届いた。その声に、レヴィの暴走しかけていた魔力が、ピタリと止まる。

「……笑って……」

 ガイの唇が、ゆっくりと紡ぐ。その瞳は、もうほとんど光を失っていたが、それでもレヴィを真っ直ぐに見つめていた。

「君の魔法は……絶望を吹き飛ばす……光だ……」

 その言葉は、レヴィの脳裏に深く刻み込まれた。彼の命を賭した最後の言葉が、レヴィの心を再び繋ぎ止める。あの日の約束。「君が笑っていてくれるなら、俺はまた立ち上がれる」。ガイは、今、まさに命を賭して、レヴィの笑顔を、そしてこの世界の希望を託そうとしているのだ。

 レヴィの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。それは、悲しみや絶望の涙ではなかった。ガイの言葉によって、絶望の淵から引き戻され、彼のために、そしてこの世界のために、再び立ち上がることを決意した、強い、そして温かい涙だった。彼女は、もう強がらなくていい。彼の前では、泣いてもいいのだ。

「……バカ……ちゃんと見てなさいよ……」

 レヴィは、震える声で呟くと、その場にガイをそっと横たえた。そして、ゆっくりと立ち上がった。彼女の全身から、今度は制御された、しかし圧倒的な魔力が溢れ出す。それは、闇を払う光のように眩く、王都全体を照らした。

「《世界を繋ぐ希望のフォフォフォ・グランド・クロス》!!」

 レヴィが、これまでのどんな魔法よりも壮大で、そして美しい究極の魔導を詠唱する。彼女の全ての魔力が、ガイから受け取った「希望」と共に、巨大な光の渦となって集約されていく。その光は、王都の空を覆う闇を貫き、魔王の巨体を飲み込んだ。

 魔王は、断末魔の叫びを上げる間もなく、光の奔流に完全に飲み込まれていく。そのおぞましい巨体が、光の粒子となって砕け散り、大空へと消えていった。残されたのは、浄化された清らかな空気と、夜明け前の空に広がる、淡い光の残滓だけだった。

 魔王が消滅した。しかし、レヴィの隣には、もうガイの姿はなかった。彼女は、光が消えた空を見上げ、静かに涙を流した。その涙は、ガイへの感謝と、彼が残した希望を胸に、未来へと歩み出す誓いの輝きだった。


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