魔王再臨と人類の砦
騎士団医療室での一夜から数日後、王都に、世界の終わりを告げるかのような轟音が響き渡った。地響きが王都全体を揺るがし、空には漆黒の亀裂が走る。その亀裂から、おぞましい魔力が噴き出し、王都全体を覆い尽くさんばかりに広がっていく。
「な、なんだ!?」
騎士たちが騒然となる中、ガイは病み上がりの体に鞭打ち、窓の外を見上げた。空を裂く闇の裂け目から、おぞましい巨影がゆっくりと現れ始める。それは、伝説の中にしか存在しなかったはずの、古き魔王の姿だった。
「馬鹿な……本当に……」
王都騎士団本部に緊急指令が飛び交う。魔王の封印装置が起動し、ついに魔王が復活したのだ。「終焉の手」の暗躍が、最悪の形で現実となった。王都は瞬く間にパニックに陥り、人々は我先にと安全な場所を求めて逃げ惑う。街には悲鳴と怒号が飛び交い、恐怖が蔓延していた。
王都の騎士団、魔導士団、そして各地から集められた義勇兵たちが、王都を守るため、最後の砦として集結した。かつてない規模の総力戦が、今、始まろうとしていた。騎士団の詰所では、兵士たちが慌ただしく武具を身につけ、魔導士たちは詠唱の準備を整えている。戦況図が広げられた机の上には、魔導機械がカタカタと音を立てて、刻一刻と変わる魔王の魔力反応を示している。
ガイは、まだ包帯の巻かれた脇腹を押さえながら、最前線へと向かっていた。彼の隣には、赤い髪をなびかせたレヴィの姿があった。レヴィの顔からは、いつもの高笑いは消え、真剣な眼差しで前を見据えている。彼女の瞳には、ガイへの心配と、この世界を守るという強い決意が宿っていた。
「……まだ無理するな」
ガイがレヴィに低い声で言った。レヴィは鼻で笑う。
「フォフォフォ! あんたこそじゃない! 私様に心配されるなんて、情けない筋肉ダルマね!」
しかし、その言葉には、以前のような棘はなく、どこか優しさが滲んでいた。彼女の手が、そっとガイの傷のない方の腕に触れる。
「あんたを庇った責任、私が取るんだから。ここで倒れてる場合じゃないでしょ?」
その言葉は、レヴィの本音であり、ガイを鼓舞するものだった。
最前線には、すでに魔王の眷属であるおぞましい魔物の群れが押し寄せていた。空からは黒い羽を持つ魔物が舞い、地上では巨大な四足の魔物が地響きを立てて突進してくる。ぴりぴりとした焦げ臭い匂いと、血生臭い匂いが混じり合い、絶望的な空気が漂う。
「皆、怯むな! ここが、我らが守るべき場所だ!」
ガイが剣を天に掲げ、叫んだ。その声は、恐怖に震える兵士たちの心に、微かな希望の光を灯した。彼の背中には、折れることのない騎士としての誇りが宿っている。
「フォフォフォフォ! ま、これだけ派手にやれるなら、本望ってやつかもね!」
レヴィは、いつもの高笑いを響かせながら、右手を掲げた。その掌から、膨大な魔力が凝縮されていく。彼女の視線の先には、絶望の象徴である魔王が立ちはだかっていた。
「行くわよ、ガイ。あのバカでかいの、ぶっ飛ばしてやるんだから!」
レヴィの言葉に、ガイは力強く頷いた。二人の間に、もはや迷いはなかった。彼らは、互いの存在を信じ、この世界の希望を繋ぐため、魔王へと続く最前線に立った。その背中には、人類最後の砦を背負う、重い覚悟が宿っていた。