転生者を名乗る異国人が現れて、俺の漬物屋が海外ビジネスに巻き込まれた
ひたすらパロディっぽくしてみたらこうなった
港町ナモリの朝は、潮の香りと魚を運ぶ活気で始まる。今日も俺――カズヤは、いつものように屋台を並べながら、干物の具合を確かめていた。
そんな平凡な朝、のはずだった。
港に妙な船が着いた。こんな漁港には珍しく、仰々しい彫刻が施され、帆には見たことのない紋章が描かれている。そしてそこから降り立ったのは、いかにも海の向こうから来ましたと言わんばかりの、碧の眼が妙に輝いた若者だった。ダークブロンドの短髪が潮風に揺れている。
「おお……!これが、ナッポン……異世界ジャパーン……!」
辺りを見回しては瓦屋根、木造建築、と目を輝かせている若者の口から語られるのは流暢なナッポン語だった。発音も完璧で、時折混じる意味不明な単語が、逆に彼の不思議なアンバランスさを際立たせ、目が離せなかった。 ふと彼がこちらを見て、目が合った。目が見開かれ、整った顔がくしゃりと崩れた。急に印象が幼くなる。彼は満面の笑みで俺の方に向かって両手を広げ、駆け寄ってきた。
「カズヤ!俺だよ俺、ミナト!やっと会えたな、相棒ォォ!!」
避ける間もなくぎゅうぎゅうと抱きつかれ、俺は戸惑う……こいつ、なんで俺の名を?金髪碧眼の知り合いなんていないのだが?
「……誰?」
「おいおい、またまたぁ〜!前世のこと、忘れちまったのか?俺だって!瀬尾湊だってば!萩原和哉だろ?な?」
いや、なんでそんなにドヤ顔なんだ。知るかよ、前世とか何だよ。
「忘れたも何も。初対面だ。確かに俺はカズヤだが、苗字なんてない。ナモリの漬物屋兼なんでも屋だ。あんたと会うのは初めてだ」
「うわ〜、まさか名前そのままで来るとはなあ。俺もミナトって名乗ってたんだよ、前は。でも今は……」
彼は胸を張って言った。
「ミナート=セノーヴォだ!でも、心はずっとミナトだ!」
……なんだこの人。
「しっかしさあ、それ、着てるのってコソーデ?向こうでナッポンの風習とか一応書物で見てきたんだけど、やっぱり現物見ると笑っちまうな!だってさこれどう見ても作務衣じゃん!絶対作務衣だよねこれ!小袖って言うからもうちょっと袖長いかと――」
「いちいち失礼だな、お前は」
一応、あちらではそれなりの身分のある異国人なのだろうが、この馴れ馴れしさにこちらが丁寧に対応する気すら起きない。
「やっぱいろいろそれっぽいけど微妙に違う、みたいな?そこはやっぱりなんちゃってニッポン、て感じだよなぁ」
コソーデに始まってこの男、あれやこれやあげつらい、散々この国を「モドキ」呼ばわりしてきやがった。それにはさすがの俺も頭にきた。
こっちからすれば、お前の言う前世とやらのニッポンこそ「モドキ」だ。馬鹿にするなと凄んでやると、すぐに謝ってきたから許してやった。
やたらとテンションが高く、思い込みは激しく、失礼な奴ではあるが、意外と素直なところもあるようだ。
「いや、ほんとに覚えてないのか?文化祭で一緒に焼きそば焼いたじゃん!俺、そのときソース係だったんだぞ?」
「焼きそばって何だよ」
言葉は通じるのに、なんだこの色々通じない感じは。思い出話の共有をしようとしているのはわかるが、そもそもそんなイベントなどない。
「てかさ……お前、本当に転生してない?思い出してないだけなんじゃない?頭打ってみる?」
「やだよ。違うって言ってるだろ」
俺は漬物屋の息子として生まれて、漬物の樽と塩と糠に囲まれて育った。前世?そんな都合のいい話あるかってんだ。
「でもなー、そっくりなんだよなあ。あの頃のカズヤに。顔も声も、反応も」
ミナト――いや、ミナート=セノーヴォは、思い出を反芻するようにじんわりと語り出した。
「クラスではあんま目立たなかったけど、やるときはやる奴でさ。放送室ジャックして校歌をジャズアレンジで流したとき、真っ先にアンコールって叫んでたの、カズヤだったんだぜ」
「やってねぇよ、そんなこと」
「いやー、やっぱりお前はお前だよ」
「くどい。世の中には似たような人が三人はいるだろ」
その根拠のない確信、どうやって生まれてくるんだ。
彼はまだ首を傾げていたが、気を取り直したようにポケットから羊皮紙を取り出した。そこには、びっしりと調味料の名前が書かれていた。
「とにかく俺は調味料を求めてここに来た。ナッポンには、日本人の魂がある!カズヤ、お前が相棒でよかったよ」
「いやだから違うって」
「いいから、味噌のありかを教えてくれ!!」
どんだけ味噌に飢えているんだよ。
「向こうには俺みたいな転生者が何人もいてさ、みんなやっぱり和食の味付けに飢えてるわけ。DNAに刻み込まれてるよな、そういう好みって……ん?前世のDNAってどこに残ってるんだ?」
セルフツッコミも忘れない。器用な男だ。
「俺、向こうで味噌っぽいもの作ろうとしたんだよ。最初は簡単だと思ったんだ。大豆っぽい豆と塩、水、あとカビっぽいやつでなんとかなるって」
「“カビっぽいやつ”って、おい……」
「違う違う!一応、それっぽい菌も調べたよ?麹菌的な何か!でもさ、気づいたんだ。あの世界、カビに異様に厳しいの。『不浄の精霊』って呼ばれて、見つけたら即・浄化対象。神官が飛んできて焼き払うのよ」
「怖っ!」
「で、俺は離れでこっそり味噌作ってたんだけどさ。やっぱりバレて、味噌樽ごと焚かれた。神官が“地霊を汚すとは何事か!”って叫びながらな」
「うわあ……」
「しかも、あれでもう俺の信用が地に落ちてさ。『味噌作る魔術師』って異名までついたのに、取引先に全部切られた」
「いや、それむしろかっこよくないか?」
「かっこいいのは名前だけで、実態は“味噌で街を汚染した人”だぞ。そんなの誰が信用するかって話だろ。だから気づいたんだ。ないなら、ある所から持ってくればいいじゃないかって!」
「逆転の発想だな……」
「そう!そんでナッポンに来たわけよ!もう味噌も醤油も、みりんもポン酢も全部買い占めて、ナーロッパに輸出するの!でお前が現地調達担当な!」
「いやだから人違いだって!」
「人違いでも似てればいいじゃん!細けぇことは気にすんな!」
すごい。論理が雑なのに情熱だけで押し切ってきやがる。俺は干していた漬物大根を見ながら、なぜこんな人が港に上陸してしまったのか、静かに問うた。ここには交易船は稀に来るが、調味料はほぼ輸出されていない。
「……で、結局さ、味噌とか醤油とかってどこで手に入るの?」
ミナト――いや、ミナート=セノーヴォは、でっかい袋を担いだまま、うちの漬物小屋を見回して言った。
「ここにあるよ。味噌も、醤油も、甘酒もな。あと、なんかよくわかんない古文書に載ってた“ひしお”ってやつもある」
「いや、神かよ!?」
「そんなんじゃねぇよ。俺んちが糠漬け屋だからだよ。ついでに祖母ちゃんが発酵マニアでな。味噌も醤油も自家製」
「ぐああ……完璧すぎる……!お前、やっぱり転生してるだろ!?」
「しつけぇよ」
ミナトの目がギラついていた。もう、これだけで三軒くらい商談まとめに行きそうな勢いだ。こいつ、妙に商才があるというか、勢いだけで人を巻き込む天才だな。
「カズヤ。いや、カズヤ・ザ・アキラメナイ・ビジネスマン!」
「勝手に名前増やすな」
「俺たちさ、この調味料であっちの世界の舌をこっちの食材で染め上げられると思うんだ。最初は上流貴族向けの“高級異国調味料セット”。そんで評判になったら庶民向けに廉価版を展開。『味噌汁で貴族気分!』的な!」
「……そのキャッチコピー、ちょっとダサくない?」
「じゃあカズヤが考えて!そこは現地のセンスで補完して!」
俺はため息をついた。いや、正確には“深呼吸”だったかもしれない。何せ向こうでは欲しくても手に入らない品、こっちには唯一無二の輸出元として商機がある。馬鹿らしいと思ってたけど、考えれば考えるほど――ちょっと面白そう、と思ってしまったからだ。
この島国ナッポンでも、味噌や醤油をビジネスとして真面目に考える奴なんて、そうそういない。みんな生活の一部で、あって当たり前のものだと思っている。でも、ミナトの話が本当なら――向こうじゃ、価値が跳ね上がる。
商売の芽は……確かにある。
「よし。わかった。仕入れ先と物流の計画は俺が立てる。輸出ルートも漁協経由で目星がつく」
「おおおおお!やっぱお前、俺の知ってるカズヤだ!」
「違うっつってんだろ!」
けれどもう、否定の声も笑いに変わっていた。会話のテンポっていうか、妙にウマが合うのが腹立たしい。
まずはある程度の量で向こうの反応を探る。その間にこちらでの輸出分の生産体制を整える。
うちの祖母ちゃんに頼み込んで分けてもらった味噌と醤油、そして試作の“ミナト特製みりん風調味液”が、木箱に詰められて積み込まれていく。ラベルには筆文字風のロゴで《天然熟成・大和の味》。思いっきり手書き。祖母ちゃん直筆だ。
「まさか、こんなにうまくいくとはな……」と、俺は思わず呟いた。
蔵での祖母ちゃんとの交渉は、ミナート=セノーヴォの本領発揮といったところだった。情に訴え、理を通し(俺に対してのあの雑な論理はどこへ消えた?)、熱く祖母ちゃんの味噌が必要だと訴えた。海超え仕様の密封樽材と保冷魔導技術で、風味を損なわないことも保証した。
最終的に、あの目利きも度胸も超一流の祖母ちゃんが、あんたなら望むだけ持っていくといい、とまで言った。祖母ちゃんの発酵マニア魂が共鳴したのかもしれない。
ミナートは堂々たる胸板で港を見渡している。
「この日のために、俺は三度の焼き払いを乗り越えてきた……!」
「ちょっと待て、三度も……?」
「すべて発酵のため!腐臭と熱意の副作用だ!」
まさに不屈の発酵魂。
「てか、そっちの国には発酵って概念はないのか?」
「んー、チーズっぽいのはあるんだよな。ただそっちは“白の祝福”って別の分類で、カビはあくまで黒いやつ限定でダメらしい」
「それなんてご都合主義……」
「俺もそれなりに向こうの貴族とパイプがあるんだぜ?だからこの味噌を“地霊の恵み”ってことにすればいける!」
「取引先切られてるんじゃなかったのかよ?」
「そこはそれ、この俺の舌先三寸で……あ、こっち、尺貫法は生きていたっけ?」
「気にするのそこ?」
やけにポジティブ。あちらの世界は案外チョロいのか、こいつがチョロいのかはさておき。……でもまぁ、こいつの交渉術があれば、本当になんとかなってしまうのかもしれない。
そして次はわさびと紫蘇と、生姜と柚子胡椒、あと酒かな?とあれこれ算段をめぐらしている。
「じゃあな、カズヤ。今度はお前もナーロッパに来いよ!」
「遠慮しとくわ」
「照れるなって、カズヤ・ザ・ミラクルテンセイシャ!」
「だから転生してねぇって!増やすな!」
それでも、ミナトは信じている。俺が彼の知る“前世のカズヤ”だと。何度否定しても、彼の頭の中では“ちょっと記憶が曖昧になってるだけ”ということになっている。
あんまり言われるんで、そんな気がしなくもなくもなく……いやいやいや、あるかそんなの。
船がゆっくりと港を離れ、ミナトが帆の上から手を振ってくる。
「またなー!今度は一緒に『ナーロッパ醸造協会』つくろうぜー!」
それがどんな団体なのかは、聞く前に船が出てしまった。
台風一過。
……けどまぁ、いいか。
なんやかんやで、俺の名前入りの調味料が異国に輸出されてるんだ。きっとどこでもうまいものは正義だ。
それにしても――。
ブランディング大事!と叫ぶミナトに押し切られ、パッケージに“伝説の味噌職人・カズヤ”なんて謳われるとは。
港に吹く風に、どこか発酵臭が混ざったような気がした。
後日、ナーロッパの港にて
「……これは、なんですか?」
積荷を確認する係員らしき鎧姿の男が、味噌樽を怪訝そうに見つめていた。
「味噌です」
「み、そ……?」
案の定、“腐敗物の持ち込み”として引っかかった。
「待って!これは腐ってるんじゃなくて、熟成されてるの!風味なの!」
ミナート=セノーヴォ、一世一代の弁明。
「証明できるのか?」
「……できます!」
ミナートは木箱から即席味噌汁セットを取り出した。乾燥ワカメと刻みネギも添えて。
場に漂う、出汁と発酵の融合による神の湯気。
「な、なんだこの香りは……!胃の奥がうずく……!」
「どうぞ、おひとつ」
恐る恐る口をつけた鎧姿の男の目が、かっと見開かれる。
「……地霊……!?これは、地霊のささやき……!」
後ろの神官が呟いた。
「……“大和の味”……まさか、これが東方の叡智……」
勝った……!ミナートは抑えきれずにニヤリと笑う。さすがにここで問答無用で焼き払う、という事態にはならなかった。
これでなんとか持ち込みは突破できそうだ。
さっすがカズヤ、俺の最高の相棒。あいつが「まずは味を覚えてもらうこと、そのためには最適な分量で試してもらうに限る」と準備してくれた試食グッズが思ったより早く役に立った。
「さーて皆さん、こちらが“地霊の恵み”。ナッポンの魂、お味噌でございます!先着十名には、おまけで“しょうゆ”つけちゃう!」
「欲しい!!」「並ばせろ!!」
即席試食会は開始五分で大行列となった。
さて、カズヤ。これから忙しくなるぞ。覚悟しとけよーー。