9:花の咲くとき
それからアリシアは、足繁く『星見の塔』へと通った。
どれだけ夜が遅くなっても、レオがアリシアを泊めてくれることはなかった。
その代わり、夜が遅くとも、そうでなくとも、レオはアリシアを家まで送ってくれた。
朝起きて、家のことを済ませて『星見の塔』へと向かう。魔導書などを読んで昼を過ごし、夜はレオに家まで送ってもらう。
満ち足りた気分で眠る。
それが日常になっていた。
文献調査は、一筋縄では行かなかった。
理解したと思えば、次のページで全くわからなくなる。一歩進み、一歩下がる。その繰り返しだ。それでも着実に前進しているはずだと信じて進むしかなかった。
「あら……?」
300年前の文献を読んでいるとき、アリシアは、ふと気づいた。
迂遠な言い回しだが、『幻の花』に関する記述がある。
古い文字だ。アリシアも、すべてを読めるわけではない。
「レオ、この本――」
顔を上げると、部屋の中にレオはいなかった。席を外しているようだ。
一人だ。
アリシアは今、一人で『幻の花』の記述と向き合っている。
その花は、いわく、特別な場所に咲くという。
そこは喧騒から離れ、自然豊かで、なかでも澄んだ水がある場所である。
――レオが読んだという100年前の文献と、おそらく同じだ。
レオの調査を補強する記述であり――、抽象的すぎる文章だ。
なぜ、具体的な場所が書いていないのだろう?
アリシアは文章を読み進める。
――まぼろしのはなは、まぼろしにあらず。
――まぼろしといわれるは、そのゆえんにあり。
――をちこちにさくものでなし。
――このはなのさくは、よにひとつ。
――これは、ひとのいのちをうばいてひらく。
――あらゆるやまいをなおし、あらゆるねがいをかなえるはな。
――ただよにひとつ。
――いずこにひとつ。
――ももとせにひとつ。
文章は、そこで終わっていた。
アリシアは、息もできなかった。
扉が開く。
「アリシア、お茶にしよう。クッキーも焼いたんだ」
「ご、ごめんなさい、レオ。なんだか気分が悪くて……」
「えっ、大丈夫? そうだ、横になる?」
「いいえ、……今日は、帰ろうと思うの。また明日来るから、……待っててくれるかしら」
「うん、もちろん」
にっこりとレオが笑う。
アリシアは混乱していた。
『幻の花』に関する記述が確かなら、花は、100年に一度だけ、誰かの命を犠牲にして開き、あらゆる願いを聞き入れる。
……誰の命を、犠牲にして?