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8:夜空

『星見の塔』の屋上までは、螺旋階段を昇る必要があった。息を切らしながらアリシアはレオとともに階段を昇った。


「て、天文学者は、毎晩この階段を、昇っていたの、かしら」


 ぜえはあと息をしながらアリシアが疑問を口にすると、レオは笑った。


「かつては、魔法で、空を飛べたらしい」

「そう、なのね。じゃあ……この階段の高さなら、一瞬で飛べ、たの、ねっ」


 屋上に続く階段をようやく昇り終え、はあっ、とアリシアは息をした。体力に自信がないではないが、こんな高さの階段を昇る機会は、まずもって無い。壁に手をつきながら息を整えていると、レオが鍵を取り出した。扉の鍵穴に差し込み、回す。


「アリシア、こっち」


 レオが扉を開け、手招きをする。アリシアはレオに続いて、扉の向こう――塔の屋上へと出た。


「わっ、すごい……!」


 星が一面に広がる。

 塔は、この周辺で最も大きな建物だ。それに、町からは離れている。空を照らす明かりは存在せず、星明かりが力強くまたたいている。

 アリシアは思わず、両手を広げてくるりと回った。360度、星空が広がっている。星空を縁取るのは、森の木々だ。


「こんなに綺麗な星空、見たことないわ!」

「喜んでもらえた? よかった」

「この星空を、昔の人も見上げていたのかしら……」


 うっとりとアリシアは空を見上げる。

 満点の星空。星々を繋ぎ合わせれば、星座になるだろう。

 古代。

 星座を見出し、暦を作った天文学者たち。

 彼らも、この屋上から星を見上げたのだろう。

 アリシアは塔の屋上を見渡した。天文学者たちが集う姿を想像する。


「数日後には流星群が見える予定なんだ」

「流星群! 私、見たことないわ」

「見にくる? また、あの階段を昇ることになるけど」

「平気よ」


 ふふっ、とアリシアは笑う。レオが「あっ」と声を上げた。


「流れ星だ!」

「えっ」

「あの辺り、もしかしたら、もう一度見えるかも」


 レオが夜空を指差す。アリシアはその指の方向をじっと見る。

 ふわっ、と香った花の匂いに、アリシアはレオとの距離がごくごく近くなっていることに気づいた。

 心臓の音すら聞こえてしまいそうなほど、近い距離だった。


「あ……っ、れ、レオ」

「どうかした?」

「……いえ。流れ星、見えないわね」

「そうだね。流星群の日にはたくさん見えるはずだから、それまでお預けかもね」


 レオは、にこっ、と笑っていた。アリシアの心臓はどきどきとうるさく脈打つ。

 意識しているのは自分だけなのだろうか。

 頬が熱い。夜風に撫でられてもなお、赤くなっている気がする。


「なんだか、アリシアは不思議だね」

「私が? どうして?」

「きみといると、僕は……、なんだか、子どもの頃に戻ったような気がする」

「子どもの頃……?」


 レオは、どんな子どもだったのだろう。どうして、そんなことを言うのだろう。


「座ろうか」


 レオがそう言い、屋上の床に腰を下ろした。アリシアはその隣に座る。


「……僕の家は、とても厳しい家なんだ。マナーやしきたりには、かなりうるさくて、僕はずっと不自由さを感じていた」

「そうなの……」

「家を継がないと決めて、親と喧嘩した。祖父だけが『自由にしろ』と言ってくれて――この塔の管理を任せるという名目で、住むところをくれたんだ」

「……家を継がないと決めたのは、どうして?」

「兄弟の多い家でね。僕より勇敢な兄と、優秀な弟がいる。僕の出る幕なんてないのさ」

「そう……」


 アリシアは、きゅっと唇を噛んだ。

 レオの知らない部分を知ることができて嬉しかった。それと同じくらい、レオが不自由な思いをしてきたことが、苦しかった。

 レオの家は、おそらく厳格な礼儀作法を重んじているのだろう。そんな家に、レオの自由な生き方は、たしかにそぐわないだろう。


「レオは、お父様やお母様のことを、どう思っているの?」

「……尊敬してるよ。二人とも、すごく立派な人だ。でも、僕にはその生き方はできない」

「どうして?」

「わかるだろ? 僕は、こんなだし……」


 はは、と自嘲するようにレオが笑う。そんなふうに笑わないでほしかった。

 アリシアはじっとレオを見つめる。太陽に愛された髪、眩しい瞳。明るくアリシアを導き、褒め、受け容れてくれる、レオ。


「あなたは立派よ」


 レオの手に、そっと触れた。

 拒まれないことに安心しながら、その手を包み込む。


「マナーもしきたりも、人を想うからこそ存在するものよ。あなたには、誰かを想う優しさがある」

「アリシア……」

「それに、病気のお母様のために『幻の花』を探そうという人が、立派でないはずがないわ。あなたは誇っていい。その優しさを」


 レオの瞳が丸く見開かれ、アリシアを見つめていた。アリシアは、自分が微笑んでいることに気づく。

 不思議だ。レオといると、自分の表情が、自然と柔らかくなっていく。


「アリシアは……優しいね」

「いいえ。あなたの優しさよ」


 レオの瞳が、揺らぐ。アリシアはぎゅっと手を握った。

 このひとの隣にいたい、と思った。


 星がまたたいている。

 二人を優しく包み込むように。

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