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4:はじめての一人暮らし

 アリシアの新しい住処。

 別荘に相応しい、小さな家だった。部屋数は多くはない。寝室、居室、バスルーム。あとはキッチンが家の奥にある。

 荷物を運び込んですぐに草原へ出掛けたせいで、家の中は手つかずの状態だった。掃除はされていたが、埃っぽさは否めない。

 窓を開け、換気をする。夜気であっても、埃混じりの空気よりはマシだろう。

 アリシアは、キッチンへと進んだ。一人暮らしをするには充分な広さのキッチンだ。それから、小麦や野菜もどっさりと置かれていた。まあ、とアリシアは感嘆の声をあげる。家を貸してくれた親戚が用意しておいてくれたのだろう。お礼状を書かなくては。


 取り急ぎは、今夜の食事だ。外を歩き回ったものだから、すっかりお腹が空いている。


 包丁を手に取る。

 調理なら授業で習った。パスタを茹でたり、野菜スープを作ったりは出来るはずだ。

 料理や調理という作業は、基本的には貴族以外の身分の人間がする仕事だ。だからどの屋敷のキッチンにも、魔法陣は一つもない。


「……竃に火を入れるのは、どうやるのかしら」


 思い返せば、魔法学園の調理実習室には、当たり前のように魔法陣が刻まれていた。火の魔法陣で鍋を熱し、水の魔法陣から水が湧き出ていた。

 しかし今この家のキッチンには、水道が引いてある。蛇口を捻ると、魔法なしに水が出てくる。これは良い。便利だ。

 だが、竃だ。

 火が燃えるための燃料と、元になる火が必要なのに、それらがどこにあるのかわからない。

 切った野菜を水とともに鍋に入れてから、アリシアは溜息をついた。まさか煮炊きが出来ないとは、思っても見なかった。


 悩みながらキッチンをうろうろと歩き回るが、名案が浮かぶはずもない。

 どの野菜も、生で食べても毒にはならない。ままよ、と魔法陣を書いて火を起こした。起こし続けた。アリシアの魔力量は、学園随一だ。煮炊きする間、火の魔法を維持し続けるくらいは、朝飯前(今は晩飯前だが)だった。


「……よし、完成」


 スープを器によそい、居室まで運ぶ。家から運んだ荷物の中に、母から無理やり待たされたパンがある。どうしてそんなかさばるものを渡してくるのか不思議で仕方なかったけれど――なるほど、確かに必要だ。

 パンとスープをテーブルに載せ、指を組んで祈りを捧げた。スプーンでスープを掬い、口に運ぶ。


「!」


 目を見開いた。


「……これはスープじゃなくて、野菜を煮出したお湯だわ……」


 調理工程を思い返す。それから、学園の調理実習を。

 そういえば、実習のときには、先生があらかじめ用意してくれたキューブを入れていた。あれが味を整える秘訣だったのだろう。肉や野菜を炒めて煮詰めて作った、特製のキューブだと言っていた……。


「ああ、前途多難ね……」


 野菜味のお湯を飲み、パンを食べた。柔らかなパンは故郷を思い出させて、じわりと目の奥が熱くなった。


 ◯


「竃の火?」


 翌日。

 アリシアはレオと、出掛けていた。森に続く道を歩きながら、レオに「引越し初日はどうだった?」と尋ねられ、アリシアは夕食を失敗したことを白状した。


「ああ、燃料なら薪かな。どこの家でも、家の外に山のように積んでるはずだよ」

「薪! ありがとう、見てみるわ」


 ふう、とアリシアは溜息をついた。生活を一人でまかなうのは、想像以上に大変なのかもしれない。


「薪が無くなりそうになったら、教えてよ。僕こう見えても力仕事は得意なんだ。薪割りなら任せて」

「そうか、そうよね……薪は使ったら無くなってしまうのね」


 使えば減る。手に入れるのには手間やお金が掛かる。そんな当たり前のことすら、これまで意識していなかった。誰かの仕事の上に支えられた生活だったのだと、改めて気づかされる。


「賢いね、アリシア」

「馬鹿にしてるでしょう、レオ」

「あはは。馬鹿にはしてないさ。ただ初々しいなあって思っただけ。僕も最初は味のない料理を作ったなぁ」


 道が次第に険しくなっていく。

 森の奥には、数千年の歴史を持つ川が流れているのだそうだ。その川辺にしか咲かない花が、『幻の花』である可能性がある、とレオは言った。


「そういえば、レオも貴族なのよね?」

「僕?」

「ええ」


 レオが魔法を使うところを見たわけではないが、魔法や魔導に詳しい庶民、と見るよりも、なぜか田舎町にいる貴族、と判断するのが妥当だろう。


「魔法が使えるんでしょう、レオも」

「隠し立てする理由もないかな。その通りだよ」

「さっきあなたは、力仕事が得意だと言った。私のことを初々しい、とも」

「そうだね」


 ……何故なのだろう?

 魔法が使えるのは貴族だけだ。そして貴族は、どの国でも使用人を雇って暮らしているはずだ。薪割りなんて必要ない。自炊だって。


「……レオは、どんな暮らしをしているの?」


 家族が病気だとも言っていた。その家族は、一緒には暮らしていないのだろうか?

 アリシアの水色の瞳は、じいっとレオを見つめていた。レオは軽く首を横に振る。


「その水色の瞳。嘘をついたらすべて見抜かれそうだ」

「……恐ろしいかしら、この目」

「そうじゃないよ。透き通った川面みたいで、素敵な瞳だ」

「魚も棲めないほど透き通った川、ということ?」

「きれいな小川にも魚は棲めるさ」


 森へ続く道が勾配になっていく。一歩踏み締めるごとに、呼吸が上がってしまう。


「僕は今、アリシアと同じように一人で暮らしてる。祖父が遺してくれた小さな家があってね」

「一人での暮らしは、長いの?」

「2年くらいかな」

「……2年前なんて、私たち、子どもよ」

「そうだね。何も知らない子どもだから、最初の冬は薪を切らして凍えていたよ」

「どうして、そんな暮らしを……?」

「自立のためさ。僕自身が選んだ生き方だ」


 アリシアは、一人で凍えている、今より若いレオを想像した。イストリア国には雪が降るという。しんしんと雪の降り積もる中、凍えて震えるレオ。……想像するだけで胸が苦しくなった。


「ご家族は? 病気だと言っていたけれど……」

「月に一度、会いに行ってるよ。父が多忙でね。なかなか会えない」

「『幻の花』は、お父様のため?」

「ううん。母が……ずっと伏せっているんだ。一日中眠っている日も少なくない」

「そう……、ありがとう、教えてくれて」


 アリシアは、ごくんとつばを飲み込んだ。ずいぶんと息が上がっている。

 レオが水筒を渡してくれた。ありがたく受け取る。冷たい水が、喉を潤した。


「さあ、アリシア。あの木の向こうに、川があるはずだ」


 レオが手を差し出す。二人は狭い道を辿り、森の最奥へと向かった。

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