2:琥珀の少年と『幻の花』
――さく、と音がした。草原を踏み締める音だ。
さく、さく。足音が近づいてくる。アリシアは身を起こした。びくっ、と足音が震え、後ずさりをした。アリシアは、音の方向へと視線を向けた。
「わっ……、い、生きてる……!?」
目を丸くしているのは、アリシアと同じ――16歳くらいの――男の子だった。炎に愛されたような赤髪に、数万年の歴史を宿したような琥珀色の瞳をしている。鼻のてっぺんから頬にかけて、少しそばかすが散らばっていた。大きな瞳を丸くするので、よりいっそう大きくなっていた。
「驚かせてごめんなさい。生きてるわ」
淡々とアリシアが告げると、男の子はしばらくまばたきを繰り返した。
それから、あははっ、と笑う。
「それは良かった! きみ、名前は?」
「アリシア。……あなたは?」
「僕はレオ。アリシア、髪にモミの実が沢山ついてるよ」
「モミ?」
「そう。服や髪にくっつくと、なかなか取れないんだ」
レオがとんとん、と耳の下を指先で示す。アリシアが髪を撫でると、確かに、いくつかの小さな草がくっついていた。取ろうとするが、なるほど、取れない。
髪を切っておいてよかった。旅立ちの前に、腰まであった長い髪は肩上まで切っていた。それは決意の表れだった。一人で生きていくための決意だ。
「取ってあげるよ」
「……お願いするわ」
レオがアリシアに近づく。ふわりと花の匂いがした。香水、というより、先程まで花畑にいたかのような匂いだった。アリシアは少し、鼻を寄せた。レオは気づかず、アリシアの髪に絡まったモミの実を取ってくれている。
「花の匂いがするわ。花畑のような……小さな花がたくさん咲いている場所、のような」
「わ、すごいね。さっきまで、花を探していたんだ」
「花を?」
「そう。100年に一度咲くと言われている、『幻の花』を探しているんだ」
「おとぎ話か何か?」
「ううん。きちんと文献にも載っている花だよ。100年前の研究者が遺した研究結果によると、その花は氷の中で咲くらしいんだ」
「氷の中で……?」
アリシアは戸惑いながら尋ねた。氷の中で咲く花なんて、聞いたことがない。少なくともルクレティア国には、噂すら存在しない。
「氷……、たとえば、こんなふうに」
アリシアはモミの実を左手に載せた。右手の指先で簡単な魔法陣を描き、左手の上に水を発生させる。水がモミの実に落ちた瞬間、風の魔法を使うための詠唱をする。水の周囲だけが氷点下に達し、パキパキと水が氷に変化していく。
「幻の花は、こういう状態とは違うのかしら」
完成したのは、氷漬けにされたモミの実だ。小さな緑色の実が、氷の中に閉じ込められている。
「す……すごいね、アリシア! 魔法陣を扱いながら、詠唱で別の魔法を使うなんて、誰にでもできることじゃないよ!」
「そ、そうかもしれないわね」
失敗したかもしれない。アリシアは冷や汗を流す。