アイドルの夢破れた少女、アイドルVtuberを知る
「私、大きくなったらアイドルになる!!」
私、八坂真響がアイドルを知ったのは地元のショッピングモールで無名のアイドル達が小規模なライブをしていたのがきっかけだった。
買い物客か行き交う店内に特設で作られた小さなステージの上で50人にも満たない観客を前に、必死に笑顔を作り、楽しそうに歌い、踊る名も知らぬ少女達。
そんな彼女達のその可愛らしい衣装と歌に目を輝かせていたのを今でも鮮明に覚えている。
幼い頃の私は魔法少女のアニメをよく見ていて、そのアニメに登場する女の子達のふりふりとした可愛い衣装に憧れていたのだ。
そんな衣装に似た装いの女の子達がステージの上で歌い、踊る姿に魔法少女は本当にいるんだと感動した。
後から両親に聞くと、それはアイドルというものだったらしく、魔法は使えないと教えられた。
だが、歌を歌う事によって人を幸せにする事ができるから、そう言う意味では魔法に近い存在かもねと、冗談っぽく話すが、それを聞いた私はアイドルに憧れた。
そこからと言うもの、両親や祖父母の前でアイドルのダンスを真似てみたり、マイクのおもちゃを持って歌うなど、今となっては赤面するようなことをいっぱいしてきた。
それを両親はすぐに飽きるだろうと微笑ましく眺めていたけど、私がいつまでもアイドルに憧れ、歌い踊る様子を見て、二人は私を音楽教室へと通わせてくれた。
幼稚園児だった私は、ピアノを弾く事や歌う事が楽しくて、喜んで週一回の教室に通った。それを見た両親は小学校に入学するとダンス教室にも通わせてくれた。
その時の私は毎日が楽しくて仕方がなかった。
あの日、ショッピングモールで踊っていた少女達と同じように歌を歌い、ダンスに興じる事で、どこか彼女達に近づけたような気がしていたからだ。
そんな忙しい日々が6年間続き、中学に入ってからの私は様々なアイドルのオーディションを受けるようになった。
母親の協力のもと、履歴書を有名なアイドル事務所から地元の小さな事務所など、手当たり次第に送ろうとした。
しかし年齢の制限がある事務所も多く、書類落ちする事も多かった。
そんなある日、私の元にとある有名なアイドル事務所から一次審査通過の通知が来た。
まだ一次とはいえ、アイドルへの最初の扉が開いた事に、私は嬉しくなり、いてもたってもいられなかった。
もしその日、外に出ていなければ事故に遭う事もなかったかもしれない。
もしかしたら、夢が叶ってアイドルとしてどこかのホールで大勢の観客を前に歌を届けていたのかもしれない。
そんなもしもを考えても仕方のない事なのは分かってはいるけど、今となっても思う事があった。
その日の私は感情が爆発し、動き出さずにはいられなかったのだ。無性に走りたくなった私は、すでに夜だと言うのに家から飛び出すとランニングを始めた。
まだ合格をしたわけでもないのに、アイドルになったら体力が無ければやっていけないと思ったからだ。
そんな私に事件が起こる。
そう、交通事故に遭ってしまったのだ。
厳密に言うと、事故に巻き込まれたと言った方が正しい。
交差点に差し掛かり、信号待ちをした私にハンドルを切り損ねた自動車が私の方に突っ込んできたのだ。
今でもその時のヘッドライトの輝きの記憶は鮮明に残っていて、いまだにその時の光景が夢に出てくる。
それでも助かったのは、私の前に設置されていたガードレールのおかげだった。
ガードレールに突っ込んだ事で自動車は私を轢く事はなかった。が、その衝突の凄まじい勢いで飛び散ったガラスや自動車の破片の数々が私に向かって飛んできたのだ。
その出来事に咄嗟に腕で顔を庇った私だったが、無数に飛び散った破片が顔の至る所を掠っていく。
それだけであればまだ救いはあったのだけど、不幸な事に一番大きな破片が左のこめかみに突き刺さる。
その瞬間、私はきゃあああっと、今まで出した事ない大きな声を上げる。
激痛とどくどくと音を立てているような流血が自分の顔が今どういった状態なのかを物語る。
それを悟った瞬間、私は大声を出して泣いた。
流れる血はまるでこれまでの努力を流すかのように左のこめかみから溢れ出し、その激痛はまるで夢の終わりを告げているかのようだった。
その日の私はすぐに駆け寄って来てくれた通行人が呼んだ救急車により近所の病院に運ばれた。
病院に着いた私はすぐに治療を受けたが、左のこめかみを10針以上縫う羽目になった。
治療を終え、包帯を巻かれた私はこれまでの事がまるで夢だったかのように感じ、魂の抜けたような脱力感を覚えた。
その他にも検査を受ける事になった私は結局入院する事になり、ただ無気力に病院の天井を見上げる。
このまま傷跡が残ったらどうしよう。
しばらく時間が経ち、落ち着いて来た私が考えたのは包帯が取れた時の傷のことだった。
女子にとって顔の傷は一生の傷だと言われて来た。
だけど、私にとってそれだけではない。
アイドルを目指して幼い頃から頑張って来たのがこの傷一つで無意味になってしまうのだ。
アイドルはビジュアルが物を言う職業だ。
世間的なイメージではアイドルは綺麗であったり、清楚であったり、可愛いであったりとビジュアルがものを言う。
果たして顔に傷があるアイドルはいるのであろうか?
いや、いない……。
男性アイドルであればもしかしたらあり得るのだろうけど、女性アイドルではいないだろう。
それでなくても入れ替わりの激しい業界なのに、最初から顔に傷がある女を採る事務所があるのだろうか?
もしかしたら……。
でも……。
……。
ポジティブになろうとすればするほどにネガティブな考えが脳内を占領する。
考える事をやめたくなった私は病院の布団に潜り込む。
私が何が悪い事をしたのだろうか?
アイドルになる為に歌にピアノにダンスを人一倍頑張って来たし、宿題も忘れた事はない。めんどくさかったけど、お母さんのお手伝いもして来たし、何も悪い事はしていない。
なのになぜ、こんな目に。
そう思っていると涙が自然と溢れてくる。
その日の晩、私は声を噛み殺して布団の中で泣きじゃくった。
翌日、目が覚めた私は疲れ果てていた。
何も考えたくない。
そう思ってしまうけど、入院中に出来ることなんて限られている。
現状で思いつくのはスマホを触るか寝るかの二択。
寝起きである今は寝る事はできない。
なら、できる事はただ一つ。
スマホで何か動画を見る事だけだった。
私はスマホの電源を入れ、YouTubeを開くと適当に動画を探す。
だが、ダンスの動画やアイドルの動画ばかりがおすすめに上がってくる。
かつての夢の残骸が私を苦しめてくる。
だけど、やる事がない以上は仕方がない。
ショート動画を見ながら自分の興味のある動画を探す。
するとある動画が目に止まる。
イラストの女の子が人の声に合わせて動きを見せる動画だ。
最近YouTube界隈で話題になってきたVTuberだ。
へぇ、こんな人もいるんだ。
今までアイドル一筋だったせいで、VTuberに興味が湧かなかった。
そのVtuberの名はプリンセス・シンフォニィ。
イラストを描きながらたまにこうやって配信をしている個人の女性Vtuberだ。
彼女はゲームをしたり、絵を描いたり、有名Vtuber事務所のタレントとコラボをするなど個人としては異例のチャンネル登録者数100万人を誇る有名Vtuberらしい。
私はその配信者に興味を持ち、入院中はずっとその人の配信や切り抜き動画を見続けた。
その間にも包帯が取れる日が近づいてきた。
何度か消毒のために包帯を取る機会はあったが、自分の顔が今どうなっているのか不安で鏡を見る事はなかった。
そして運命の日、医師によって包帯が取られる。
初めて傷口を目の当たりにした私は左目の目尻の上辺りに残る傷跡を見て唖然とする。
覚悟はしていたとはいえ、その傷跡ははっきりと残っているのだ。
医師の話では傷口は薄くはなってくるけど、ちゃんとは消えないらしい。
その話にやっぱりかと落ち込んでしまう。
退院後、2次オーディションに参加したものの、やはり結果は不合格。
その結果を受けて、私はオーディションを受ける事をやめた。
アイドルへの夢を諦めたのだ。
それ以降、なんのやる気も失せた私は学校と家の往復をするだけで、あとは家でYouTubeを見るだけだった。
その中でもプリンセス・シンフォニィの配信はよく見ていた。
そんなある日、プリンセスは初めて3Dの体を手に入れた。その動きはまるで人が動いているかのように滑らかで、軽いダンスもこなせている。
へぇー、Vtuberってこんなこともできるんだ。
その3Dの動きを見て、私はVtuberと言うものに興味を持ち始める。
もしかしたら自分の夢を叶えられるかも知れない。
そう思った私はVtuberの事を調べ始めた。
最近ではアイドルVtuberというものも出て来ているらしく、元々アイドルを目指していた私が興味を持たないはずがなかった。
だけど、18才未満は応募不可となっている事務所が多い。
その文字に中学生でしかない私は唇を噛む。悶々とした日々が続く中、中学を卒業した。
「高校に行ったら何をしようか」
これまではダンスに歌にと毎日が忙しかったけど、目標を失ったままの私は高校で何をするか悩んだ。
Vtuberをする以上、たくさんお金が掛かるという事なのでバイトをするのもありだ。
そんな事を考えていた春休みも終わりが近づいて来たある日、私を変える存在が現れた。
あまり配信をしないプリンセス・シンフォニィがゲーム配信を始めたのだ。
その配信を私はボーっと見ていると、配信中にも関わらず、コンコンと言うドアのノック音が聞こえ、がちゃっとドアが開く。
『もう、お姉!!晩御飯出来たって!!』
そう言って配信に乗った声は女の子の声だった。
その可愛らしい声に同接のリスナー達は盛り上がる。
だけど、彼女はプリンセスが配信をしているのを知らないのか、ガチャっとヘッドセットを取ったような音が聞こえたかと思うと再び声を出す。
『もう!!ご飯できたって!!遊んでないで早くきてよ!!』
『うわぁ、びっくりした!?』
『遊んでないで早く出てきなよ!!』
その声を聞いたプリンセスはじーっと言うと、しばらく配信が沈黙する。
それもそうだ。
配信に家族が入ってくる事は禁忌とされている。
稀にそのまま配信に参加させるVtuberもいるけど、それはその人が何をしているかを知っていて、家族もノリが良ければの時に限った時だけ。
今回に限ってはこの人は姉が配信をしている事を知らないらしい。
だけど、プリンセスは私の予想を覆す。
『はい、みなさん!!そうなのです!!この子がマイシスター、シスター・シンフォニィです!!』
『は、はい?』
プリンセスの言葉にリスナー達はざわつきを見せ、シスターシン・フォニィと呼ばれた子は戸惑いの声を上げる。
だけど、プリンセスは構わず言葉を続ける。
『そして、なんと!!シスター・シンフォニィのVtuber化計画も進めています!!』
『な、何ぃ!!』
『近日デビューするから、リスナーのみんな!!続報を待て!!それじゃあ、そろそろご飯を食べないと妹がうるさいので……、シーユーネクストステージ!!バイバイ!!』
初耳と言わんがばかりの妹が驚いているにも関わらず、プリンセスは配信を閉じてしまう。
彼女の反応から察するに、家族フラによる唐突なデビュー宣言はきっと彼女の意図しないものであったのだろう。
そんな棚ぼた的にVtuberとなった彼女にどこか反感を覚えたのを今でも覚えている。
私だって家族にVtuberがいればきっと……。
そう思いながら、シスター・シンフォニィの動向が気になってしまう。
デビューしたくても出来ない人間がいるのに、何の意思もない人間がどのような配信をするのかが気になったのだ。
立ち絵は茶髪と黒が基調の服を着た地味な女の子の絵で、ガチガチに緊張しているものだから最初の配信はグダグダだった。
これなら私の方が上手く配信できるのに。
配信をした事のない私だったけど、それくらい酷い配信に私の心に闘志が宿る。
高校ではしっかりとバイトをし、大学生になったらVtuberになろう……と。
だけど、ある日の彼女の配信で、私は衝撃を受けた。
シスター・シンフォニィ初の3D配信で、ピアノを弾きながら歌う、いわゆる弾き語りだった。
通常の配信では聴くことのできないシスターの力強い
歌声が私はおろか、全リスナーを魅了したのだ。
ピアノで音を奏でながら、彼女らしからぬ声で歌う声に魅了された私はその配信が終わるまでずっと見続けた。
その配信の一番最後に彼女はオリジナル曲を披露した。生演奏ではなく、前もって録音された音に彼女は立ち上がると身体を大きく動かしながら歌っていく。
Bメロが終わり、間奏が流れ始めると一瞬画面が暗転する。5秒にも満たない沈黙と暗転にリスナー達は機材トラブルかと動揺する。
が、暗転の中、静かな声で歌う声が聴こえてきたかと思った次の瞬間……、パッと画面に彩りが戻る。
そこに映った映像は今でも忘れられない。
今までは茶色のショートヘアに彩りや装飾の少ない衣装だったシスターの姿がかわったのだ。
猫耳にアイドルの様な衣装を身に纏った少女、フォニア・シンフォニィが薄紫の長いウェーブヘアを靡かせながら初めて姿を現したのだ。
その演出を目の当たりにした、私はコメントを打つ手が止まる。
いや、私だけではない。
全リスナーのコメントがあきらかに減ったのだ。
だけど、彼女はそんな事を気にする事なく歌い続ける。それどころかピアノという枷が無くなった事で、より大きな身振り手振りをし、全身で音を表現する。
その姿に私は彼女に自らが理想としたアイドル像を重ねた。
だけど、そんな感傷など時間は知った事じゃないと言わんばかりに彼女の歌を終幕へと導いていく。
じゃーん♪
最後の音が鳴り止み、彼女はステージの真ん中で静か
に右手を天に掲げる。
その様にコメント欄は静寂に包まれる。
歌い終えた彼女は掲げた手をゆっくりと下すと、閉じていた目を開けて前にあるであろうコメント欄を眺める。
そして、ゆっくり微笑むと、小さな声を発する。
『初めまして。ファイブハーフ所属のVtuber、フォニア・シンフォニィです』
そう言って天使のような笑顔を浮かべるフォニアを見た私は「すごい」と目を輝かせる。
プリンセスは彼女の歌の力を知っているから無理矢理にでもVtuberにしたと考えたのだとすれば納得がいく。
この日を境にプリンセス・シンフォニィは事務所、ファイブハーフを立ち上げ、フォニアは一番最初のメンバーになった。
「私もフォニアちゃんみたいになりたい」
そんな意識が芽生えた私は彼女が最推しとなり、同じ事務所に入りたいと言う思いが、燻っていた夢を爆発させる。
高校3年次、近所にその事務所があると知ったのは、別のお話し。
この短編小説は次回作、『有名Vtuberの弟の俺が妹Vtuberになる。そんな俺がクラスのアイドルを人気Vtuberにする為に、今日伝説になります』の前日譚となります。
5月までに完結し、投稿予定なので興味の出た方は楽しみにお待ちください。